バゲットにバターを塗った瞬間、顔がとろけた。 エレーナとお母さんが、そんな僕を見て笑っている。 人生で初めて食べたフランスの本物のバターは、日本では絶対に味わえない深さだった。
木窓の朝
今日は10時過ぎに起きた。エレーナには「一日6時間くらいしか寝ない」と言っていたのに、実際にはたっぷり寝てしまっている。結局、僕が一番最後に起きていた。
朝のシャワーは最高だった。 カーテンのないバスタブの上からシャワーを浴びる。上窓が開いているのでとても寒いけど、気分がリフレッシュされる。とてもフレンチな感じがする。
僕の部屋には窓がひとつある。 その窓を開けると、さらに木窓を開けるようになっていて、その木窓を開けるのが最高だった。景色がフレンチスタイルで、すごく綺麗。フランスを感じる窓。

下へ行く時、僕はいつも緊張する。エレーナとお母さんがいる。だけど、なんて言ったらいいのかわからない。普通におはようって言えばいいの? いつも笑顔でいるようにしている。相手に不快な思いをさせないように。だから、それが僕にとってしんどいのかもしれない。
でも、エレーナのお母さんは本当にいつもポジティブで、シンプルな性格で、とっても陽気。たくさん苦労してきたからこそ、いつもポジティブに振る舞っているんだなって感じる。
お母さんが「朝ごはんになにがほしい?」と聞いてくれた。 僕はフレンチ式の朝ごはんが食べたいと言った。バゲットを。

バゲットを2つ用意してくれた。ひとつはそのまま、もうひとつはオーブンで焼いて。バター、はちみつ、ジャム。それに、イタリアン式コーヒーマシーンでブラックコーヒーを。
本当にフレンチ式の朝ごはん。本当に美味しかった。 バゲットはサクサクで、バターの味が深い。とても日本では味わえないバターだった。とにかく美味しくて、僕の顔はとろけていた。
それから、エレーナがピアノを弾き始めた。 ハウルの動く城の楽譜があったので、僕も少し触ることに。音符は読めないんだけど、自由にアレンジするのが好きだから、ジブリの曲を弾いた。ハウルの動く城、カントリーロード、ラピュタ。
エレーナはずっと見ていてくれて、ハウルの動く城を弾き終わると拍手をしてくれた。恥ずかしかったけど、嬉しかった。彼女と僕の好きなジブリ作品は同じだから、僕が好きな曲を弾くと、自然と彼女の好きな曲になる。
お母さんも褒めてくれた。お母さんは自分で音楽を作っていた時もあったらしく、その曲を披露してくれた。リズミカルで、クラシックな感じで、とても美しかった。僕は目をつぶって集中して聞いた。
それから、お母さんはジャズやクラシックのCDをたくさん紹介してくれた。僕がショパンが好きだと言うと、ショパンを流してくれた。ブルースの音楽も流してくれて、浮き浮きな感じでとても素敵だった。
お母さんのジェノベーゼ
そして、ついに夢が叶う瞬間が来た。
今年の夏くらいにエレーナに冗談まじりで伝えていた「お母さんのジェノベーゼを食べたい」という夢。エレーナのお母さんはイタリア人だから、本家イタリアのジェノベーゼが食べられる。
お母さんは、なんとジェノベーゼを作ってくれていた。 準備に本当にたくさんの時間がかかっていたので、ありがとうという気持ちがすごく大きかった。
パスタの種類の違いも教えてくれた。いろんな種類があって、どれを選んだらいいかわからない。僕のお気に入りのパスタはどんな時に使うの?と聞いたら、ホワイトクリームやクリームパスタの時に使うんだよと教えてくれた。

お母さんのジェノベーゼは、日本で見る緑色のジェノベーゼとは違って、ミートソースのような色をしていた。だけど、これが本家なんだなって思いながら。
チーズもペコリーノとパルメザン。本家イタリアのチーズで、ブロックのまま準備されていた。スライスするマシーンでパルメザンをスライスして、ペコリーノはナイフで切った。かすかにチーズの香りがして、両者の違いを比較しながら味わった。

お母さんは昼からワインを飲もうということで、シラーのリージョナルワインを開けた。重すぎず、パスタとよく合って、最高だった。
小さい机に3人で。本来は2人用だけど、とても狭くて、でもすごくかわいかった。
食事中、お母さんの話を聞いた。最初の年は虐待を受けた子供を助けるセラピーの仕事をしていて、だけどそれが辛くて、宇宙に興味を持って勉強して、フランスの航空宇宙の分野で20年間働いていたらしい。バイコヌール宇宙基地でロケットの打ち上げを2度見たんだとか。そして今はAIRBUSで働いている。飛行機が好きだから。
自分でしたいことをしていく。改めて大事なことだなって感じた。
フランス人の友達と、カードゲーム
食事が終わり、エレーナの友達マノンに会いに行くことに。電車でトゥールーズへ向かった。

マノンの家に着いて、中に入ると、なんとマノン以外に3人のフランス人がいた。めちゃくちゃ緊張した。一人ひとり握手をして、よろしくお願いしますという感じで。
そうしたら、いきなりカードゲームの説明をされた。
日本では、まずゆっくり自己紹介をして、お互いを知って、ゲームをするかどうかを聞いて、それでようやくゲームに入る。でもフランスでは、僕の名前も相手の名前すらも知らないのに、マノンのボーイフレンドがゲームの説明を始めた。
カードはすべてフランス語で書かれていた。英語の翻訳が紙に書いてあったけど、全部筆記体で、まったく読めなかった。
とりあえずやってみようということで、サポートされながらゲームをやった。ルールがわかればシンプルだった。エレーナはマノンと楽しそうに話していて、やっぱり二人は友達だなって思った。
時間になると、みんなゲームをぱっとやめて、すぐに準備を始めた。フランス人は本当に白黒はっきりしている。
僕はコレクティブな国に慣れていたから、個人主義のフランスは初めての体験だった。だけど、これがフランス人かって教えてくれた、その機会を与えてくれたエレーナには本当に感謝している。いきなり同じ大学の友達のグループに入って、ゲームをするなんてなかなかない。
自然博物館と教会
みんなと別れた後、エレーナと博物館へ。自然博物館で、古代の動物や地震の仕組み、生物の標本や剥製があった。

僕は生物を学んでいたので、博物館は大好き。エレーナは蜘蛛が嫌いだということをそこで知った。
僕は美術館や博物館は一人で観るのが好きなんだけど、エレーナも理解していたのか、一人で見る時間もあり、たまに一緒に見る時間もあり。そのバランスが僕にとってちょうど良かった。だから、僕もきっと個人主義なんだろうって思う。

植物園もあったけど、閉館のアナウンスがかかってしまった。お土産コーナーで、偽造の0ユーロ札が2ユーロで売られていた。博物館限定のユーロ札らしい。エレーナは恐竜のぬいぐるみを買っていた。僕はキリンが抱きついた鉛筆と0ユーロ札を買った。エレーナが僕におすすめしてくれたもの。僕が欲しがるものをよくわかっているなって感じた。

ガストロノミックの予約まで時間があるので、教会へ。トゥールーズで有名な教会らしい。
道中、たくさんのお店に寄り道した。ワインの蓋に注げるものを買ったり、ポストカードを選んだり、お茶のお店で良い香りに引き寄せられたり。

エレーナはどこで買い物をしても、いつも友達や大事な人へのおみやげばかりで、自分のものを全く買わない。本当に他人思いで暖かい人だなって感じた。
お茶のいい香りがして「いい匂いだね」って言ったら、「次はお茶を送るよ」と言われた。

教会は閉まっていたので、外側を一周歩いて、ツーショットも撮影した。

人生初のガストロノミック
2日前に「ここ行きたいなぁ」って言っていたレストラン。エレーナがあらかじめ予約をしてくれていた。
内装は美術館のようだった。エルミタージュ美術館の中にでもいるのかってくらい美しい。

人生で初めてフランスでガストロノミックを食べる。しかも初対面で2日しか経っていない友達と。緊張しかなかった。
エレーナも、ガストロノミックは人生で2回目だとか。意外だった。もっと記念日とかで食べているのかと思っていた。
僕はタラの料理を注文した。38ユーロ。それに白ワインが8ユーロ。エレーナは24ユーロのベジタリアンの料理を。 お水とパンは無料でおかわりもできる。
注文する時はめちゃくちゃ迷った。メニューがフランス語で、英語に訳しても日本語に訳しても、その料理の見た目がまったく想像できない。エレーナがいろいろ説明してくれた。

二人で待っている時、僕はずっと内装を輝かしい目で見ていた。エレーナもなかなか目を合わせてくれなくて、目が合うといつもにっこり笑う。その笑顔がとても可愛らしい。
でも、ほとんどお話をしなかった。こんな高級料理店に来て、なにを話していいのかわからない。普段、家族で外食する時も、うちは無口だから。エレーナも同じらしい。

大きなプレートの中心に小さくお魚とネギ、パリパリしたもの。バターソースが添えられていた。 とてつもなくゆっくりのスピードで食べていたら、1時間があっという間に過ぎた。
お客さんが増えてきた頃、ひとりの歌手がテーブルを回りながら歌い始めた。フランク・シナトラの「Fly Me to the Moon」。エレーナの大好きな曲。他の曲も僕たちは全部知っていた。そのたびに目が合って、スマイルになった。
テーブルの距離がものすごく近くて、隣の人ともすぐに会話が始まる。料理が来ると、みんな席を立ってまで覗いてくる。日本でそれをやったら「気味が悪い」と思われるだろうなって。
みんなすごくおしゃれで、年をとっても本当にいい服を着ている。これがフレンチスタイルなんだなって。
エレーナはおなかいっぱいで食べられなくなったパンを、自分のポケットに入れて持ち帰っていた。こういう無邪気なところがすごく魅力的だなって思った。
会計の時、僕がお支払いしたいと言った。感謝の気持ちを示したかった。だけど、エレーナは「自分で払うからいい」って。
こういう女性こそが、かっこいい。独立していて、尊敬に値する人。改めて感激した。
結局、二人で9,100円。人生で一番大きなレストランでの支払いだった。

自分はいま独立して、フランスにジョージア、ラトビアを経て来て、一度も会ったことがなかったエレーナと空港で初めて会って、今こうしてガストロノミックを食べている。
2022年の4月から7月は本当につらい時期で、毎日10時間の勉強をして、ようやく独立できて海外にいられる。だから、本当に自分を誇りに思う。

一人では絶対に来なかった場所。一人では絶対に見なかった景色。
エレーナに、ありがとう。



