「ティモシー・シャラメみたいにしてほしい」
フランスの小さな美容院で、スマホの画面を差し出した。 美容師さんは一瞬見て、「なるほど、普通のパーマだね!」と笑った。
ショコラティンの朝
朝の目覚めは最高だった。 窓を開けると太陽の光が差し込んでくる。フランスの窓は木製の扉とガラスの扉が二重になっていて、それだけでもうおしゃれ。
こんな場所で毎日を過ごせたら、絶対に幸せで健康になるだろうなって思う。
エレーナとお母さんの声が下から聞こえた。もう起きたんだな。 シャワーを浴びて下へ行くと、「おはよう」と出迎えてくれた。
せっかくだから近くのパン屋さんでバゲットを買いに行こう、ということに。 パン屋さんまでの道を歩きながら、エレーナは大学のことを話してくれた。マスターに進みたいらしく、ボルドーかリールか、どこにしようか迷っているんだとか。
パン屋さんは、僕にとって初めてのフランスのパン屋さん。 バゲットが並び、おいしそうなパンがずらりと。名前はわからないけど、絶対においしいだろうパンを選んだ。エレーナが買ってくれた。
家でパンを食べてから、お母さんが車で駅まで送ってくれた。 電車を待っている時、TGVなのか、とんでもない速さで通過する電車が来て、思わず驚いてしまった。
トゥールーズ行きの電車に乗り込む。 車内はたくさんの人がいた。エレーナがスーツケースを持っていると、周りの人が席を譲ったり、かばんをどかしたりしてくれる。
フランスって、あまりいい印象がなかった。だけど、普通に優しい。 やっぱり、固定観念はよくないなって改めて思った。
20分ほどでトゥールーズに到着。 まずはエレーナの部屋に荷物を置きに行った。決して大きくはないけれど、フレンチスタイルの素敵な学生アパート。町の中心にあって、周りの建築も最高だった。道がぱーっと狭くなっていく感じの建物が多くて、これぞトゥールーズ。
エレーナにとっては20年暮らしている町だから、もう慣れてしまっている。 でも僕にとっては、歩くたびに驚きが止まらない町だった。
SIMカードを購入して(40GBでチェコでも使えるやつ)、エレーナに助けてもらいながら手続きを済ませた。本当に彼女がいなかったら僕は生きていけないなって思う。
それからカフェへ。 カプチーノとパンオショコラを注文した。
すると、エレーナが騒ぎ出した。
「パンオショコラじゃなくてショコラティンだよ!!」
トゥールーズでは、パンオショコラのことをショコラティンと呼ぶらしい。 なんかかわいい名前だな。
カフェの2階で席を見つけて、1時間ほど話した。僕の性格のこと、エレーナと会うためにフランスに来た話、ラトビアやジョージアでどうやって友達を作るか悩んだ話。Tinderを使って友達を作ったりもしたんだっていう話をしたら、エレーナは「Tinderはワンナイトとかデートのアプリでしょ?」って。もちろんそうだけど、友情も作れるんだよって伝えた。
フランスの美容院で
美容院の予約は16時30分。その場所へ向かった。
フランスの美容院で髪を切ってもらうのは、すごく緊張する。なんて話していいかわからないし、どう振る舞えばいいのかもわからない。そんなことをエレーナに話しながら歩いた。
商店街の中心にある小さな美容院。 入った瞬間、「Bonjour!」と全員が大きな声であいさつしてくれた。声が大きすぎるくらい。めちゃくちゃ笑顔で、ポジティブなエネルギーに満ちた場所だった。
男の美容師さんがカーリーヘアーを担当してくれることに。 エレーナは僕の髪が終わるまで別の場所にいる予定だったけど、僕が英語しか話せないと知ると、美容師さんが「一緒にいてあげて」と頼んでくれた。エレーナは僕の隣でパソコンを広げて勉強していた。
スマホでティモシー・シャラメの写真を見せると、美容師さんはすぐに理解してくれた。後ろの髪は短いからパーマがかけられないということで、混合になるよーと。とにかく元気な人だった。
髪を洗っている時にマッサージもしてくれた。 パーマの道具のつけ方がまた、ハンサム。日本では普通につけるだけなんだけど、フランスではスマートにつけるのが流儀らしい。かっこいい。
パーマ液をつけるのは、髪を洗う場所。首を固定されて、20分待つ。 これがしんどかった。本当にヒステリックになりかけるくらいに。仏像のように固定されて、もはや死んだ人間を演じる舞台俳優のような気分だった。
その間、美容師さんは僕にパーマの道具をつけながら、壁越しに他のお客さんと話していた。その声が聞こえるから、他のお客さんたちも会話に混ざっていく。 美容院全体がひとつの会話で繋がっている。
日本の美容院では、まずありえない光景だった。 フランスって、こんなにフレンドリーな国だったのか。

パーマの道具を外して、仕上げの液をつけて5分。 髪を洗ってもらい、別の女性が髪を整えてくれた。エレーナがたまにこっちを見てくるけど、恥ずかしくてアイコンタクトができない。
「メガネをつけて」と言われて、かけた。
鏡の中の自分は、想像以上にパーマがかかっていた。チリチリとまではいかないけど、ちゃんとカーリー。ティモシー・シャラメのような髪型。
嬉しかった。ついに、ずっと憧れていたあのパーマになった。
お会計は95ユーロ。日本円で約12,000円。 全然高くない。最高の仕上がりで、この値段。次にパーマをかけるときも、絶対にトゥールーズの美容院に来たい。
帰り際、クリスマスプレゼントということで犬のストラップをくれた。エレーナも試供品をもらっていた。
ガロンヌ川の夕暮れ
美容院を出て、川沿いへ向かった。

夕焼けに染まるガロンヌ川。 建物が川面に映って、まるで世界がひっくり返っているように見える。


トゥールーズで一番好きな場所。間違いなく、ここだった。

川沿いに座って、しばらく二人で景色を眺めた。 僕は何も話さなかった。エレーナに何を話していいのかわからなかった。
オンラインでたくさん話してきたから、もうお互いのことをかなり知っている。だから、あとは何を話せばいいんだろうって。
少し気まずかった。 でも、近くにいて何も話さない時間を作るっていうのは、お互いの距離を縮めるのにとても大事な時間だと思う。

夕食のレストランを探し始めたけど、なかなか決まらない。 トゥールーズの町にはレコード屋や本屋さんがたくさんあって、つい寄り道してしまう。
最終的にガストロノミック風のレストランに入ったものの、席に座っても店員さんが全然来ない。呼んでも「いま来たならちょっと待って」という感じ。ドン・キホーテの開演まで1時間しかないので、諦めて明日行くことにした。
結局、ハンバーガー屋さんへ。

ハンバーガーは日本の何倍もある大きさ。ポテトはシェアして、なにか焦げていて、絶対に健康には悪そうだなって。
お母さんも合流して、「トゥールーズは好き?」と聞いてくれた。 もちろん大好き。まだ会って2日目だから慣れてはいないけれど、町並みは最高に美しかった。お母さんはクッキーとお水を買って、半分を僕に分けてくれた。
エレーナのお母さんは、どこか僕のばあちゃんに似ている。とても親しみやすかった。
ドン・キホーテの夜

政府の建物の隣にある劇場。中に入ると、その美しさに息を呑んだ。

いまからここでバレエを観るのか。信じられない気持ちだった。 そもそも、僕のためにチケットを買ってくれたこと自体、感謝しかない。

最上階の席から見下ろす舞台。オーケストラが見える。

1度目の休憩で、お母さんがシャンパンを買ってくれた。 バーは人で溢れていて、手に入れるのにも時間がかかった。

ドライすぎず、ちょうどいい。 ただ、すぐに酔ってしまった。体が熱い。会場内も暑い。
第二部では、酔ったまま音楽に合わせて体を揺らしていた。

正直に言うと、ドン・キホーテはスペインのストーリーでダンスばかりで、雰囲気としてはそこまで好みじゃなかった。僕はくるみ割り人形や眠れる森の美女、白鳥の湖の方が好き。
でも、それは関係ない。
出会って2日目の友人が、自分の町に迎え入れてくれて、美容院に連れて行ってくれて、バレエのチケットまで用意してくれた。その事実が、すべてだった。
公演が終わり、商店街を通って駐車場へ向かう。 感想を聞かれたらなんて言おう、と少し構えていたけど、聞かれなかった。
でも本当に、音楽は素晴らしかった。
ありがとう、と思った。言葉にはしなかったけど。



