〜心のままに歩く旅〜
夜の22時出発、夜中2時登山開始、山から吹き出る青い炎。その後フェリーでバリ島へ

夜の22時出発、夜中2時登山開始、山から吹き出る青い炎。その後フェリーでバリ島へ

面白い体験, カルチャー, 出会い
|
Clock

7 min to read

夜中2時、酸素マスクを首にぶら下げてイジェン山に登る。イワシの群れのようなヘッドライトの列、硫黄の煙の中に浮かぶブルーファイヤの青い炎、そして鉱物を掘り出す労働者たちの背中。フェリーでバリ島に渡り、冒険ノートに最後のメッセージを書いた。3日間の仲間との別れと、勇気を出して話しかけた小さな一歩の記録。

ブルーファイヤの青い炎と、フェリーで渡ったバリ島への最終章。

午後10時30分、また起きる

時間は10時30分。目覚ましと共に起きる。いつものようにシャワーを浴びる。

Samuはまだ寝ているようだった。僕がパッキングを完了する頃に、彼は起きて準備していた。すごく眠たそうだった。

結局、集合時間ギリギリになっていたけど、バンに乗り込んだのは僕たちが2番手だった。

いつもテンションが高いHerry(笑)

バンを走らせてイジェン山の麓に到着する。10時30分に起きるなんてまだ夜だし、今から寝る時間なのにって思いながら。

酔い止めを飲むのを忘れてしまっていたので、急いで飲むことに。少し酔いかけだった。寝たかったんだけどあまり寝付けず、バンの中で寝ることができなかった。

イジェン山はブロモに行く人よりも少ないだろうと期待していたんだけど、まったく予想通りではなかった。麓に到着してベースキャンプに行くと、たくさんの人がいた。

揚げバナナがテーブルの上に用意されていて、それを食べる。めちゃくちゃお腹が空いていたので全部食べる勢いだった。

だけど、他の人のことを考えて我慢したりしていた。向こうのテーブルは人数が少ないからいいなぁとか、あそこバナナ余ってるやんって思ったりもしていた。

酸素マスクとチェルノブイリ

テーブルの上には酸素マスクのようなものが置いてある。イジェンは硫黄火山なので二酸化硫黄があるらしく、それを吸うと有害なのでマスクが必要だとか。

まるでチェルノブイリの映画に出てきそうなファッションじゃないかと感じながら、マスクをはめてみる。現地ガイドに教えてもらいながらマスクをはめるんだけど、なかなか面白い。首にマスクをぶら下げた。

現地ツアーガイドが説明してくれて、イジェンの一番上まで歩いてそこから下るらしい。だから、ガチの山登りだとか。1.5時間かけて登り、1時間かけて下がる。今は夜中の2時。めちゃくちゃ過酷だなと思いながらも、楽しみだなって思ったりもする。

いざ出陣、チーム「アディダス」

SamuとLeanと一緒にいざ出陣!僕たちのグループ全体30人で行くことになった。チーム名はadidasらしく、「アディダス」と呼んだらそれが僕たちのチーム。迷子にならないようにするためだ。あたりは真っ暗だからね。僕はライトをレンタルして頭につけた。

現地スタッフと共に歩き出した。僕はいつも先頭にいた。現地スタッフを追い抜かす勢いだった。

間違いなく登山が得意であることはわかる。みんな疲れてはあはあ言っているんだけど、僕は全く疲れていないしむしろ楽しんでしまっているくらいだった。こんな寝不足なのに、体力はパワフルだった。

現地スタッフともお話しながら登って、彼はほぼ毎日イジェン山を登っているらしく、それが仕事だとか。

山登りが仕事って楽しいだろうけど、毎日って過酷だなぁって思ったり。「何回山登りしたことあるの?」って聞かれたので「これが初めてだよ」って言うと驚いていた。僕の体力が尋常ではなかったのかもしれない。

イワシの群れのように

星空はすごく綺麗だった。僕は早く行きすぎてしまって、待たなければいけない時がある。後ろを見返すと、大量のイワシの群れが押し寄せてくるようにライトをつけた人間たちがこちらに歩いてくる。

ついに頂上へ到着!みんなすごく疲れていた。顔が死にそうな人もいれば、平気って感じの陽気な人もいた。

イジェンの麓を見ると、人がたくさんいるのが見えた。あそこまで歩く必要があるのか。僕たちは歩き始めた。時間は3時30分。日の出までにブルーファイヤを見る必要があるとのこと。

大量の人が下っていて、若い人だけでなく歩くのが遅い中年の人もたくさんいるから渋滞が起きそうな予感だった。

現地ガイドの速さに翻弄される

下っている時は、現地ツアーガイドの早さに翻弄されてしまった。彼は毎日行っているから慣れているけど、早すぎる。岩をうまく交わしながら、前にいる人たちを抜かして前へ進む。

僕もかろうじて追いつけるレベルの速さだったんだけど、後ろをふと振り向くと誰もいなかった。

「ちょっと待って!後ろ誰もいないよ」って話しかけたけど、彼は少しイライラしていたようだった。みんなこのルートをいずれ通るから大丈夫とのこと。僕たちは急いで麓まで下山した。

硫黄の勢いがすごかった。風向きが変わる度に、硫黄がいろんな方向へ噴き出す。二酸化硫黄の匂いがしてきたのでマスクをして歩く。

上を見上げると、たくさんの人達

ブルーファイヤ、生命の青い炎

ブルーファイヤが目の前に迫ってきた。ここの奥深くには活火山があって、年中噴き出しているだとか。めちゃくちゃ勢いがすごかった。

こんな目の前で青色の炎を見るのは初めてだった。周りにはたくさんの人でごった返していた。この生命の炎というか、ずっと途絶えることがない炎。

美しさを感じた。現地ツアーガイドが「写真撮ってあげるよ!」ということで、僕とSamuは一緒に写真を撮ったり、僕単独でも撮影してくれた。

いい感じの写真になったら嬉しいなって思う。

ブルーファイヤの近くは写真を撮りたい人でごった返していたので長くは滞在できなかった。撮ったらすぐ次の人という感じ。僕はとりあえず辺りを見ることにした。Samuがどこにいるかわからなかったので、一人で散策した。

硫黄を掘り出す鉱山労働者

歩いていると「どいてどいて!」って声が聞こえて、おじさんが鉄の道具を持って噴出してできた硫黄の鉱物を掘り出しているではないか!しかも目の前で。黄色のマグマのような色の鉱物を掘り出すと、それを手で持って行ってしまった。

彼らは鉱山で働く人たちで、1日5往復くらいするらしい。降りては登っての繰り返し。硫黄1キロにつきいくらで、それで生計を立てているだとか。

こんな危険なところで、こんな早朝に働くのは信じられないくらいすごいなって思った。同時に、僕のようにプログラミングをして旅行ができるという人生に、感謝とラッキーだなと感じた。日本に生まれて本当によかった。

二酸化硫黄の水色の湖

近くにある湖にも行った。二酸化硫黄が混じった湖だから、色は水色だった。Leanを見つけたので一緒に写真を撮影したり、僕だけで撮ってもらったりした。Samuもいた。こんな色の湖を見たのは人生で初めてだった。すごく異様な感じだった。

途中で風向きが変わって、大量の二酸化硫黄がこちらに飛んできた。ツアーガイドの説明どおりにマスクの口元を塞いで息を吸い、そして吐いた。匂いは刺激的で、長時間いるときっと体調を崩すだろうなって思った。

下山、そして達成感

だんだん明るくなってきた。「アディダス!」の声がして、もう上に上がる時間だった。人はほとんど上に上がっていて、僕たちだけだった。ゆっくりと上に上がった。

太陽が出てきて、イジェン山がはっきりと見えるようになった。自分が降ってきた道が鮮明に見えて、景色も透き通っていた。

周りには硫黄の鉱物を運ぶ人がたくさんいて、彼らに混じって僕たちは上がった。景色がすごく綺麗だったから、近くにいたRokに写真を撮ってもらった。

マスクを外したら顔に跡がついていて、通常よりもきつく着けていたようだった。ツアーガイドの人とも写真を撮って、いい感じになった。

山の上に到着すると、達成感に見舞われた。景色はすごく綺麗で、緑がたくさんだった。奥には別の山もあって、空気はすごく美味しかった。やっぱり、山の上は自然の塊だから癒しを求めるには最高の場所だなって感じた。

下山の途中、人力車のようなものが行き来していた。主に中国人の観光客が利用していて、2名1組で人力車を推す人たちが働いていた。馬の顔を見ると、へとへとだった。

毎日何十往復もさせられている。自分の力で登るからこそ楽しいのであって、この達成感は自分の足でしか味わえないものだと思うんだけどなぁ。せっかくここまで来て、この山を自分の足で登らないなんて、もったいないと思ってしまう。

Samuの物語

下山しているときは、ひたすらSamuとお話をしていた。ワーホリを始めてからカフェで働いたり、バーで働いたり、お掃除屋さんをやったり、レストランで働いたり、いろんなことをしてきたらしい。マーケティング関係のフリーランスになるまでのストーリーを聞かせてくれた。

彼もすごく苦労しているんだなぁと共感するものがあった。僕もこれまでたくさん苦労してきて、精神的に追い詰められることがあった。お互い似たもの同士だなって思った。

彼はヨガや瞑想を取り入れているらしく、それが自分にとってすごく大事なものになったとのこと。そんなことを共有してくれた。最近ガールフレンドにフィリピンで会って、そこから付き合うことになったことも教えてくれた。

人生ってどうなるかわからない。だけど、どう人生を構築していくかは自分次第だなって思った。どれだけ行動するか、どれだけ自分を突き出していくか。

Samuからはたくさん学ぶことがあって、いい友達と出会えたなって感じた。彼はすごく誠実で努力家。きっと将来すごい人になるだろうって思った。僕も負けないように頑張りたい。

質素なランチボックスと、止まらないビジネス話

ベースキャンプに無事到着して、ライトを返却し、ランチボックスを受け取った。小さいパンとチーズ、バター、バナナ。ランチボックスと呼べないくらい質素なものだった。でも、それがインドネシアらしさがあってよかったりする。

食べている時もずっとマーケティングやビジネスの話で止まらなかった。こうやって対等にビジネスの話ができるのは本当に楽しいこと。共通していることは、お互い読書家で読書が好きであるということだった。

フェリーでバリ島へ

バンに乗り込んでバリ島を目指す。旅も終盤を迎えて。1〜2時間走らせて、バリ島へ向かうフェリーの近くに到着した!

お菓子を大量に買ったんだけど結局全然食べなかったので、降りる時にHerryに「よかったら食べる?」って聞いたら喜んでということで全てあげることにした。Herryはすごく陽気でフレンドリーで親しみやすい。

だけど、心の奥にはしっかりとした信念や感情を持っているような感じだった。一緒に写真を撮ってインスタグラムを交換した。

船に乗る前にチケットをもらって、フェリーに乗り込んだ。Herryとはバイバイだった。本当に3日間ありがとう。すごく良いドライバーだった。

フェリーは無事に出航してバリ島へ向かった。ジャワ島とバリ島はすごく小さな隔たりなのに、実際には1時間くらいかかってしまった。それに、時差が1時間変わるということで驚きだった。

みんなで最後の集合写真

こんな小さな海峡に時差が走ってるなんて、地球は面白いなぁって思った。フェリーに乗ってる時は本当に暑くて大変だった。

僕たちは外のデッキで過ごしていて、強烈な太陽が僕たちを照らし、焼かれる。

冒険ノートに、また思い出が増える

最後にSamuとLeanに冒険ノートにメッセージをお願いした。また思い出が増えた。僕は冒険ノートに誰かに描いてもらう度に不思議な感情になる。特に思い入れがある人の場合は、そのページはすごく特別になる。

Samuに書いてほしいって言うと、「ちょっと待って」ということで、まずはiPhoneにどんな文章を書くのかメモしていた。たくさんの人と出会ってきて、即興で書いてくれる人と、まず考えてメモしてから書いてくれる人がいる。MBTIでいうPとJの違いなのかな。まず構造化してまとめてから出すタイプと、思うがままに出すタイプ。人って多様性があって面白い。

Samuには素敵なメッセージを書いてもらった。あまり中身は覚えていないけど、哲学的な内容だった。もし彼がINFJだったら面白い。似ているものが惹きつけられるっていうのはやっぱりあるんだなって思う。

僕の中の良い友達の70%はINFJだったりする。彼らはとにかく丁寧で、感情にすごく気を遣っていて美しさを感じる。だけど、時に長文すぎて疲れてしまう時もある。これに反応しないといけないのかなって思ったりね。そういうものが複雑だなぁって感じたりもする。

Leanにはスペイン語でメッセージを書いてもらった。僕はスペイン語で読むことにした。意味は全くわからなかったけど読むことができた。「発音がすごく綺麗で、ほぼ全て理解できたよ」って言われた。嬉しい褒め言葉。

僕も小さなメッセージカードにメッセージを書いて、SamuとLeanに渡した。バリ島に向かうフェリーの中で、そよ風に打たれながら灼熱の太陽を浴びながら、冒険の終盤を迎えていることを感じている。

お別れ、そしてそれぞれの道へ

バリ島に到着して船から降りて、それぞれの道へ行く。バリ島の中でもウルワツ、チャングー、デンパサール、ウブドなどいろんな行き先を選択できるツアーだった。それぞれにバンがあった。ウブドが一番多くて、僕の大好きなチャングーはあまり人がいなかった。

最後にLeanとSamuにお別れの言葉を告げ、Samuには「ベトナムで1ヶ月後くらいに会おう!」、Leanには「アルゼンチンで会おう!」ということでお別れした。3日間の冒険だったけど、まるでトラベルパートナーのようだった。

1ヶ月たった今は、あの時の熱量は時間と共に薄れてしまう。だからこそ、人と会っているときはその瞬間瞬間を一番大切にして、最大限お互いに感じ合い楽しみたいと思う。

勇気を出して話しかけた

チャングー行きのバンに乗って出発した。イジェンに登っていた時に一瞬見て気になった子が一緒だった。ちょっとドキドキした。あとはアルジェリアカップルとフィリピンから来ていた2人組だった。

前の席で聞き慣れた音がした。Osmo Pocket 3で撮影していたんだ。僕と同じカメラを持っていた。

5か月前にタイのアオナンビーチで気になった子にはただ見ているだけで話しかけることができなかった。

それはいまだに後悔していること。せっかくの機会だし、後悔したくない。だから勇気を持って話しかけてみた。「そのカメラ僕も持ってる!」っていう感じに。

そこからは緊張していたのか話が続かなかった。普通だったら「それはYouTubeに載せるの?」とか「どこ出身?」とか聞くはずなのに、変な話題にしてしまった。

彼女はイジェンの二酸化硫黄がカメラにも毒であることを教えてくれて、それで会話は終わってしまった。

好かれようとか、人にどう思われるかを気にしてしまうとうまく話せなくなる。でも、自分に嘘はつかなかった。今回はしっかり相手に話しかけた。それが僕にとって大きな前進だった。

拒絶されたら怖いとか、そういうことを思うからなかなか話しかけられない。だけど、今回も拒絶ではないけどうまくいかなかった。

うまくいかなかったのは、僕に魅力がないんじゃなくて、緊張してしまっていたからだけ。それに、相手の都合もある。そこまではコントロールできない。だから、断られる=魅力がないではないことがわかった。

これからはたくさん勇気を持って、自分に正直に、感情を出して相手にぶつかっていこうと思う。大切なのは、後悔しないことであり自分に嘘をつかないこと。自分にどう勝つか。これが人生の根幹でもある。

セブンイレブンの休憩と、フィリピン人の優しさ

途中セブンイレブンで休憩があった。前がスペイン人の2人だったんだけど、相手も英語がカタコトの感じで気まずかった。だからといって、それを理由に話さなくていいやっていうのはおかしいし、確実に逃げだと思った。

コンビニから再び出発。あと2時間ほどでチャングーに到着。後ろの席の子が肩をたたいて「これいる?」ってお菓子を分けてくれた。とてもフレンドリーですごくいいなぁって思った。

彼女たちはフィリピンから4日ほどバリに休暇に来ているだとか。お話は盛り上がったけど、運転が荒くて道も曲がりくねりだったから酔いそうになって、なるべく前を向いていた。

チャングー到着、2年ぶりの帰還

ついにチャングーエリアに到着した。運転手がバックパックをおろしてくれた。スペイン人の2人は「Bye bye〜Nice to meet you〜」という感じに去っていった。連絡を交換することはできなかったけど、自分から話しかけることができてよかった。

一つ気づいたんだけど、自分は仕事だと全然恥ずかしさとかないんだよなぁ。職務が与えられているから。

だけどプライベートだと恥ずかしくなってしまう。理想は逆。なにも後ろに盾がない状態で話しかけることができるようになりたい。僕はきっとなれる。そんなことも意識しないで、普通にフレンドリーに無条件でそうなれると信じている。僕は挑戦し続ける。

チャングービーチに近いホステルにチェックインした。ウェルカムドリンクを出してくれて、いい感じだった。

そこは本当にヴィラという感じで、プールが2つあって建築もしっかりしていて、西洋の旅行者が集まる場所だなって思った。ホステルに荷物を置いてシャワーを浴びた。なんだか久しぶりのシャワーでとても気持ちが良かった。

部屋にはルームメイトがいたけど、お互い挨拶をして軽く自己紹介をした。

洗濯の開放感と、行きつけのレストラン

歩いて洗濯できるところへ行った。なんとエクスプレスで3時間で終わるらしい。大量にたまっていた洗濯物を預けて、すごい開放感だった。汚いものがきれいになるっていう時ほど気持ちいいものはない。

待っている間は行きつけのレストランWarung Javaで2カップのライスを注文して、たくさんのバリの食べ物を注文した。久しぶりにこんなビッグポーションを食べるのでちょっと不安だったけど、無事にすべて食べることができた。

店員さんの顔を見ると、2年前にもいた店員さんだなって思って、なんだか懐かしい気持ちだった。

バリ島は来る度に発展している感じがして、本当にすごいなぁって思う。バリ島はヒンドゥー教の地区で、ジャワ島のイスラム教圏からまるで次元装置でも使って移動してきたのかと思うほどの違いだった。

夜はスタバで日記を書いた。

#Keywords

● Profile

Kota Ishihara(いしはら こうた)

近畿大学理工学部生命科学科卒業。卒業後は、Webサイト制作を独学で勉強し、2022年10月にフリーランスに。その後、海外に拠点を移すために海外視察を開始し、ヨーロッパ、東南アジアなどを一人で冒険をし、さまざまな人と交流する。将来の夢は、ヨーロッパに移住し、クリエイティブ・多国籍企業を作り、多種多様なクリエイティブプロジェクトをしていくと共に、パイロットになり世界を旅すること。音楽・ファッションなしでは生きられない。イヤホンにはとても辛口評価。尊敬する人は岡本太郎。

#同じ旅の余韻