赤い車が、路肩に止まった。
手を振ると、向こうも手を振り返した。 7年ぶりに会う人間が、目の前にいる。
エスキシェヒルからアンカラへ、YHTで
朝8時30分、ホステルをチェックアウト。歩いて駅へ向かった。
エスキシェヒルは本当に好きな街だった。朝早いせいか人通りは少なく、静かで澄んでいる。歩いているだけで気持ちよかった。お気に入りの街に、きちんとお別れを言えた気がした。
YHT(高速列車)でアンカラへ。1時間半。
向かい合わせの席に座ると、トルコの鉄道の座席予約が「男性席・女性席」で分かれていることに気がついた。ムスリムへの配慮だと思う。女性の隣を選ぶことに、なぜか少し抵抗を感じた。妙な経験だった。

メトロで、Berkayたちに出会った
アンカラ駅に到着。石造りの立派な駅。さすが首都だと思った。
地下鉄でホステルへ向かおうとゲートを通ろうとすると、隣にいたトルコ人カップルが声をかけてきた。「今日は祝日だから、メトロもバスも全部無料だよ」。どこへ行くの?と聞かれ、ホステルの最寄り駅を伝えると、自分たちも同じ方向だから一緒に行こうと。
彼の名前はBerkay。銀行でサーバーセキュリティエンジニアとして働いている。彼女さんも同じくセキュリティエンジニア。電車を待つ間、ベンチに座っていろんな話をした。Berkayは話し方がゆっくりで、落ち着いている。2人でいると、お互いの心が通っているのが自然と伝わってくる。
降りてからも、バス停まで案内してくれた。バスが来るまでずっと一緒に待ってくれて、乗り込む直前に気づいたら、このバスは有料だからと、Berkayがバス代を払ってくれていた。
アンカラに着いて、30分もしないうちに。

7年ぶり、Nihatの赤い車
少し仮眠をとってから、ホステルを出た。
今日アンカラに来た本当の理由は、Nihatに会うためだった。最初に出会ったのは2019年、ロシアの短期研修プログラムで。みんなが日本人同士で固まっている中、どうしても海外の友達を作りたくて、近くにいた彼に話しかけにいった。当時の英語は壊滅的で、何を言っているかほぼわからなかった。それでも一緒に写真を撮って、Facebookを交換した。たぶん5分くらいの時間だった。
それから7年、連絡もほぼ取っていなかった。でも彼がアンカラにいると知って、急遽プランを変更して会いに来た。
路肩に、赤い車が止まった。手を振ると、向こうも手を振り返した。この瞬間は特別だった。
彼と握手をして、「あなたが僕にとって一番最初の外国人の友達なんだ」と伝えた。

テーブルを埋め尽くす、トルコの朝食
車でドライブして、カフェへ。
Nihatはメニューも見ずに「トルコ式のブレックファストをください」と店員に頼んだ。どんなものが来るのか想像できないでいると、皿が次々と運ばれてきた。
パン、バター、2種類のジャム。スクランブルエッグとハム。フライドポテト。チーズが山盛り。コンデンスミルク。オリーブ。トマトのサラダ。チャイ。テーブルが消えるほどの量だった。イギリスのアフタヌーンティーみたいだと思った。


テーブルが消えた。
1時間ほど話した。Nihatはナショナリストで、トルコのことが年々大好きになっているらしい。歴史好きで、地図を広げながらオスマン帝国やビザンツ帝国のことを教えてくれた。アルメニアで聞いた話と、トルコで聞く話は当然少し違う。でも両方を並べながら聞けるのが、旅の面白さだと思う。
最後にNihatがカードで払ってくれた。彼がトイレに行った隙にレシートをチラッと見てしまった。1,980リラ(約7,000円)。一人3,500円。高すぎると思いながら、感謝でいっぱいだった。
ショッピングモールと、トルコ語が飛び交う時間
16時から、Nihatの友人2人と合流してショッピングモールのカフェへ。計4人。
友人2人はシャイで、目が合うとすぐそらしてしまう。トルコ語の会話が飛び交う中、僕はただ聞いていた。
言語がわからない輪の中にいると、頭が休憩モードに入る。瞑想に似ている。何も考えず、音として受け取るだけ。話さなければいけないというプレッシャーがない。それが、案外心地よかった。

ローカル食堂と、夜のアンカラ
Nihatに見送られてホステルへ戻り、一人で夕食へ。
近くのローカル食堂。チキンライス、豆スープ、トマトのサラダ。おじちゃんが親切で、日本人だとわかると興味津々で話しかけてきた。隣に座っていたトルコ人が最後に「Enjoy your travel」と言ってくれた。
ありのままでいると、人が近づいてくる気がした。

食後は、アンカラの中心街を一人で歩いた。人が多く、活気がある。ナイトクラブ、ライブ、若者の行列。でも誰も、外国人の僕を気にしない。その空気がすごく好きだった。

ホステルに戻ってから、ノートを開いた。
Nihatに書いてもらったメッセージが、そこにあった。7年分が一日に凝縮された日だった。




