眠りの贈り物
今日は、たくさん眠った。まるで昨日までの疲れを溶かすように、時間がゆっくりと僕を包み込んだ。早起きの反動だったのかもしれない。目が覚めたのは、もう12時を過ぎていた。
本当は朝ご飯を食べようと思っていたのに、まぶたは重く、心はまだ夢の岸辺にいた。結局、そのまま深い眠りの波に身をゆだねてしまった。
何かを逃した気がした。でも、それもまた旅のかたちなのかもしれない。きっちりとした計画よりも、心のままに任せる時間の方が、僕の中に静かに沁みてくる気がする。
不安だけど、人生結局はなんとかなるもの
いつものように支度を整える。シャワーは、今日もペットボトルで流れる水を浴びる。冷たさが目を覚まさせるたび、ここが日本ではないことを身体で実感する。
明日はPuerto Princesaに戻る日。バスで5時間、長い旅路。だけど、なんとかなるだろう。
ただ、またお腹が痛くなったらどうしよう、そんな小さな不安が胸の隅に残る。僕の旅はいつも少しだけ「なんとかなればいいな」でできている。
洗濯屋の苦味
洗濯物を預けに、宿の受付へ向かった。今日は、見知らぬおじさんが座っていた。
英語は速く、表情には棘があった。前回対応してくれた、あの感じの良い若者の姿はない。どうやら彼のお父さんらしい。
「明日の18時に終わる」と言われたけど、「明日街を出るから早くしてもらえない?」と頼んでみた。
すると「Expressは100ペソだ」と。そう言われた瞬間、心がふっと沈んだ。
なんだか、冷たい水を浴びせられたようだった。旅先でのこうしたちょっとした感情のひだが、妙に尾を引くことがある。
優しかった息子の姿を思い出すと、余計に胸がしめつけられた。
人は年を重ねるにつれ、重たくなっていくものを背負っていくのだろうか。言葉、経験、期待、諦め——
でも、だからといって純粋さを手放してしまう必要はない。
年をとっても、澄んだままで生きられるはずだ。
そう、願っていたい。
フィリピン人の気さくさ
書きそびれていた一昨日の日記を綴るために、近くのカフェへと足を運ぶ。小さな道を歩きながら、エルニドの空気を吸い込む。
ハワイアンバーガーとアボカドジュースを注文。ジュースは、いくら待ってもこなかった。
バーガーだけが皿の上に残り、それをゆっくりと食べる。

だけど、なんだかそのルーズさも可愛らしく思えてくる。
これがフィリピンなんだなぁと思うと、笑えてきて、気にならなくなった。
完璧じゃないところが、こんなにも人間らしく、愛おしくなるなんて。
静かな夕暮れと一人の意味
カフェを出て、もう一つの海へと歩く。今日はトライシクルも少なく、呼ぶのも面倒で歩くことにした。
夕暮れの景色を楽しみながら。
海辺に着くと、人々は友達や恋人と肩を並べて、夕陽を待っていた。僕はひとり。
そのことが、少しだけ心細かった。

だけど、同時に気づかされる。
「人とのつながりって、なんて尊いんだろう」
綺麗な景色も、思い出も、分かち合う誰かがいることで、何倍にも美しくなる。
ひとりでいるからこそ、わかる大切さがある。
それに気づけたこと自体が、今日の僕の宝物だった。
音楽と、深まる夜
空が藍色に染まり、夜がエルニドを包みはじめる。
浜辺では、どこからかAdam Portの “The Dream” が流れていた。夢の中にいるような旋律。
僕は座っては立ち、あぐらをかいてはまた落ち着かずに座りなおす。
この場所に、自分の足で来たんだと思うと、不思議と胸がいっぱいになる。
言葉にはできない感情が、静かに心に降りてくる。
1日に最低1つの初体験を作りたいと思う

ふと、「今日はまだ何も新しい体験をしていないな」と思い、マクドナルドに向かうことにした。

こんな秘境のような土地で食べるマクドナルド。それもまた、旅のユニークな一コマ。
店は大行列。現地のフィリピン人たちに混ざって、僕も20分ほど列に並ぶ。

なんだか、ジョージアのマクドナルドを思い出した。あの時も、旅の途中だった。
友達のメッセージから学ぶこと
夜、ホステルに戻ると、友人のChaseからボイスメッセージが届いていた。
彼は一人でニセコにスノボに行き、ホステルでたくさんの人と友達になったらしい。
「どうやって仲良くなったの?」と聞いた僕に、彼はこう答えた。
——相手に好奇心を持ち、質問をすること。
趣味は?どこから来たの?どんな友達がいるの?家族は?仕事は?って、そうやって自然に。
それを聞いて、僕はハッとした。
人と仲良くなるのは、難しいことじゃない。ただ、相手に興味を持つこと。敬意を払うこと。
それだけで、人の心は少しずつ開かれていく。
結局、人は誰しも自分が一番大切で、自分のことを知ろうとしてくれる人を好きになる。
それは、言葉じゃなく、姿勢で伝わるものなんだと思う。





