〜心のままに歩く旅〜
フィリピン・ギマラス島へ!マンゴーフェスティバル、海の遭難、そして思いやりに触れた夜

フィリピン・ギマラス島へ!マンゴーフェスティバル、海の遭難、そして思いやりに触れた夜

出会い, ストーリー, 面白い体験
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プロペラにロープが絡まり、海の真ん中でエンジン停止。救助船に牽引され、揺れる板の上を渡って別の船に乗り換える。本土に着いたらまたパンク。それでも誰も焦らず、笑い合っていた。夜はギマラス島のマンゴーフェスティバルで乾杯。「分け合うこと」が自然なフィリピンの人たちと過ごした、忘れられない一日。

朝の5時45分、Pingに起こされて目が覚める。昨日の夜、「6時に朝ご飯」と言っていたのに、なぜか15分早い。だけど、みんなすでに起きて準備していたので、僕も急いで顔を洗って、水で寝癖を整えて外に出た。朝ご飯は春巻きとご飯、それにコーラと目玉焼き。みんな、まだ眠たいのか、無言で黙々と食べていたのがちょっと面白かった(笑)。

それを食べ終わったら、すぐに荷物を持って波止場へ向かう。ついにIsla Notre Giganteともお別れ。波止場に着くと、昨日の添乗員さんがすでに船の前で待っていた。まだ6時15分なのに、もういるなんて…。本当にいつ寝てるんだろう?と思ってしまう。

荷物を積んで、いざ出港。今日はアイランドホッピングはなく、1時間20分ほどで本土へ戻る予定だった。でも、船が走り出してすぐ、まさかのトラブルが起きた。プロペラが他の船のロープに絡まってしまったらしい。添乗員さんたちはすぐに服を脱いで、海に飛び込んだ。絡まったロープを解くために。

その様子を見ながら、日本じゃ絶対にこんな対応は見られないなって思った。マニュアル通りに動く日本と、野生の本能で動くような彼らの姿。まるで冒険の一幕みたいだった。

そして、ロープが外れて再出発──と思いきや、またしてもトラブル。今度は海の真ん中でエンジンが停止してしまった。理由はわからない。添乗員さんたちが何度も海にもぐって点検してくれたけど、修理が必要とのことで、結局ほかの船を呼ぶことになった。

船が止まったあの瞬間、エンジン音が消えて、代わりに波の音と、Pingたちの笑い声が広がった。まさかのトラブル。だけど、誰も焦っていない。冗談を言い合って、Pingはまたあの小さな板に乗ってポーズを決めていた。AJはちょっと不安そうにしていたけど、僕は逆に楽しくなってきた。たしかにエンジンは止まったけど、海の上で笑っていられるって、こんな経験、なかなかないよなと思った。

15分ほどで救助の船がやってきて、僕たちの船をロープで牽引。その途中、メインランド行きの別の船と出会い、そこに乗り換えることに。海の上で船から船へと渡る体験はスリリングだった。揺れる板の上を渡るときの緊張感と、それを笑って乗り越える仲間たち。旅って、こういう瞬間が一番記憶に残るんだろうな。

やっと本土に到着!──と思ったら、またもやパンクしていた。昨日直したはずのタイヤが、やはり甘かったようだ。

でも、近くにいたフィリピンの人がすぐに助けてくれて、車からスペアタイヤを取り出して交換してくれた。こうやって助け合う文化が根付いているのが、本当にフィリピンらしい。

その後、Rachelleの親戚の家に挨拶に行くということで、僕たちは車内で待機していた。だけど、寝不足と暑さ、そしてBemの電子タバコの匂いで気持ち悪くなってしまった。窓を開けて、外に出て、深呼吸をする。Bemが「ごめんね」と降りてきたけれど、彼女は悪くない。僕の鼻が敏感すぎるだけ。だから、「次に吸うときは窓を開けてね」と伝えた。ちゃんと伝えられた自分に、少しだけ自信が持てた。

そこからはダムへ向かうことに。山奥にあり、自然が広がる静かな場所。絶景というほどではないけど、穏やかで癒される空間だった。

ここで、僕は持ってきたプレゼントをみんなに渡す準備を始める。カードの裏に、ボールペンで1人ずつメッセージを書く。Bemの友達は名前のスペルすら分からなかったけど、彼女の笑顔が印象的だったので、それを書いた。

その間に、Bemが転んだらしい。みんなが笑っていたので、僕は10分後くらいに「大丈夫?」って言った(笑)。Pingが「フィリピン人は助けないけど笑う。それが友情の証なんだよ」と教えてくれたのが印象的だった。助けるよりも、笑いに変える。そんな距離感もいいなって思った。

その後、車で移動しながらBemとはお別れ。手紙と日本のお菓子を渡して、ありがとうの気持ちを伝えた。たった2日だったけど、本当に濃い時間だった。出会って、笑って、繋がって、別れる。そのすべてに感謝。

お昼はセブンイレブンで。Rachelleは大きなアイスクリームを買ってご満悦だった。Rachelleの友達、Yanyの家に行き、そこでまた温かい食事をいただく。カンコンの炒め物にバゴオン、ココナッツのラウィ、缶詰のサーディン。これぞフィリピンの家庭の味。

瓶のコーラにPingが氷を注いでくれて、丸いテーブルを囲んで食べる時間が心地よかった。

Pingのいとこの家を出て、僕たちはついに波止場へと向かう。空はどんよりと曇っていて、ときおり雷鳴が轟く。そんな中でも、僕たちはいつものように笑い合っていた。到着した波止場では、車ごと船に乗り込むというまさかの展開。日本では考えられないこの体験に、僕の心はまたひとつ揺れた。

車を降りると思っていた僕に、Pingが「車ごと船に乗るよ」と教えてくれたときの驚き。そして、乗船までの20分ほどの待ち時間。雷の音が鳴り響く中、僕は静かに波の音に耳をすませていた。

船に乗り込むと、船の中ではカップヌードルを食べるのが定番らしい。あたりを見渡すと、何人かが手に熱々のヌードルを持って、どこか満足げな顔をしていた。僕も売店で60ペソのシーフードヌードルを買ってみる。熱さで手が火照るくらいだったけど、その湯気に包まれながら食べる時間がたまらなかった。デッキに出て、雷鳴と風の音を背景に、ひとりでカップヌードルをすすりながら見た海の景色。少し怖くもあり、でも心は妙に落ち着いていた。あの感覚は、きっと忘れられない。

30分もたたないうちに船は動き出し、僕たちはギマラス島に到着した。

最初に向かったのは、Rachelleのおばさんの家。だけど、道が真っ暗で、島は本当に街灯も少なく、迷ってしまった。何度も電話で場所を確認し、最終的にはおばさんがバイクで迎えに来てくれて、無事に到着。どこか冒険みたいで、ちょっと楽しかった。

家に入ると、おばさんとその友達が僕たちを迎えてくれた。フィリピンって、本当に家族のつながりが強い国だなと改めて感じた。初対面の僕を、まるで親戚のように受け入れてくれる懐の深さ。日本ではあまり経験したことのない温かさだった。

タガログ語の会話の中に、時々聞こえてくる英語の単語。その合間に「Kota」という名前が耳に入ってきて、ああ、自分のことを話してくれているんだなと思った。何を言っているのかはわからない。でも、語りのトーンや笑い声から、その場の雰囲気が十分に伝わってきた。

そこから、宿泊先へ向かう。車の後部座席には、僕とおばさん、おばさんの友達の3人がぎゅうぎゅうに座る。ElaやRachelleたちは前の座席。これもまたフィリピンらしい。誰も「狭い」とか「不快」とか言わないし、むしろ、それを楽しんでいる感じがあって、僕はその文化がすごく好きだった。心が柔らかくなるような、そんな安心感があった。

ようやく到着した宿は、シンプルだけど清潔で、何より温かい空気が流れていた。部屋は2つあって、僕は1人で使わせてもらえることになった。理由は、そちらの部屋にはクーラーがないからとのこと。でも、Rachelleは笑いながら「You’re guest, so you can use this room」と言ってくれた。

その言葉に、胸がじんわりと熱くなった。自分がこんなふうに自然に受け入れられて、大切にされていること。それはただ「優しい人たち」という言葉では片づけられない、もっと深くて温かなものだった。

おばさんの友達が「私もここの部屋で寝てもいいよ?」と冗談を言ってきて、思わず笑ってしまう。こういう、ちょっとした冗談にも優しさがにじんでいて、おもしろかった。

しばらくして、みんなでマンゴーフェスティバルの会場へ向かうことに。車の中では、おばさんの友達が、かつて香港で働いたときの話をしてくれた。「ボスが最悪だったから、1ヶ月で辞めてすぐ帰ってきたんだ」と笑いながら話す姿が、なんともフィリピンらしかった。人生を真剣に、でもどこか楽しげに生きている。その感じが、すごく心に残った。

そして会場へ到着。Tanduayの巨大な像、にぎやかな屋台、爆音で流れるライブミュージック。

観光客はほとんど見当たらず、周りはすべてフィリピンのローカルたち。その中にぽつんと僕が混ざっている。でも、不思議と違和感はなかった。

みんなでご飯とチキン、海鮮の料理をシェアしながら食べた。PingやEla、Rachelleが自然と皿を回し合い、笑い合うその光景が残ってる。

Rachelleはマンゴーや会場の前で僕の写真を撮ってくれたり、僕もPingたちの写真を撮ったり。カメラを通じて、お互いの時間を共有する。それがなんだかとても特別だった。

そして、最後にTanduayのラム酒を買って帰路につく。大きなボトルは飲みきれず、7割くらい残ったままだったけど、おばさんの友達が「ボトルだけでも欲しい」と言ってくれて、それを全部渡した。どこまでも“もらうこと”より“分け合うこと”が自然な人たち。そんな姿が、最後まで心に焼きついていた。

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● Profile

Kota Ishihara(いしはら こうた)

近畿大学理工学部生命科学科卒業。卒業後は、Webサイト制作を独学で勉強し、2022年10月にフリーランスに。その後、海外に拠点を移すために海外視察を開始し、ヨーロッパ、東南アジアなどを一人で冒険をし、さまざまな人と交流する。将来の夢は、ヨーロッパに移住し、クリエイティブ・多国籍企業を作り、多種多様なクリエイティブプロジェクトをしていくと共に、パイロットになり世界を旅すること。音楽・ファッションなしでは生きられない。イヤホンにはとても辛口評価。尊敬する人は岡本太郎。

#同じ旅の余韻