~Un voyage guidé par le cœur~
期待と裏切りと出会い——ボロブドゥールで過ごした、人生で一番濃い1日

期待と裏切りと出会い——ボロブドゥールで過ごした、人生で一番濃い1日

expérience, histoire, culture, philosophie
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世界最大の仏教寺院ボロブドゥールへ。灼熱の中で感じた「期待」の葛藤、運転手との些細な出来事で閉じてしまう心、車窓から蘇る幼少期の記憶。そして夜、思いがけない出会いが、この旅の意味を静かに変えていく。

ボロブドゥールが教えてくれたのは、歴史じゃなくて、僕自身のことだった。

今日はボロブドゥールへ行く日!ということで、朝は8時に起床した。だけど、本当に眠たくてドライバーには10時に集合でいいですか?って伝えた。結局10時にホテルの前に来てもらうことにした。

シャワーを浴びて、日焼け止めを塗って身支度を整えてから、外へ行って洗濯物を取りに行った。それから朝ご飯をもらった。とても簡素なもので、ご飯に生サラダ、なにかソースがかかったチキンのようなシンプルなもの。それを5分くらいで食べて、部屋に戻ってバティックを着た。

今日はなにか緊張する、そして同時にワクワクがすごくある。ついに、あの天皇陛下やエマニュエル・マクロンも訪れた寺院へ行くんだ!ってね。すごくすごくワクワクしていた。

タクシードライバーとの朝

実際にタクシードライバーに迎えに来てもらったんだけど、想像とは違うおじさんだった。とてもおとなしいというか、普通にシステマチックなおじさんだった。彼が今日1日ドライバーとしてドライブをしてくれるみたいだった。

彼をどのように引きつけようかな、どうしたら仲良くなって、いい感じの対応をしてくれるかなって思った。それで、彼について聞くことにした。

彼はドライバーとして10年間働いているらしく、毎日ボロブドゥールへ行っているという。昨日も1人旅の日本人を乗せたらしく、そんなに日本人がたくさん来るんだなって思うと驚きだった。でも日本人はレアらしく、シンガポールや中国からの旅行者がとても多いだとか。

彼は、ホテルの部屋を掃除する人として20年も働いていたらしくて、その間に5年間クルーズ船で働いていたらしい。

だから、たくさんの国を訪れていて、トルコだったりジャマイカだったり、カリブ海の国々だったり。本当にいろんな国を訪れていたらしい。それは本当にすごいなぁって思った。そんなこんなで一通りお話が終わってからは、僕はとても疲れていたのか寝落ちしてしまっていた。

ボロブドゥール、期待と現実のはざまで

ボロブドゥールに到着してからは、運転手さんについて行ってチケットの手続きをすべてやってもらった。たくさんの人が来ていて、今回は追加で1,500円を支払って一番上まで登れるようにしてもらった。

驚いたのは、てっきり自分1人につきツアーガイド1人なのかなって思っていたし、規模も大きいのかなって思っていたこと。だけど、なんとツアーガイド1人につき15人の参加者がついて、さらに1時間に150人しか入れないというルールまであった。さすが世界遺産に登録されているだけある。ルールがしっかりしている。

僕はガイドが1人ついてくれるから、写真を何枚もたくさん撮ってもらおうって思っていた。それをすごく期待して、髪の毛を整えたり、ヘアバームを塗ったり、ヘアオイルを塗ったりいろんなことをしていた。わざわざユニクロでズボンも買って、ファッションもバッチリで準備していた。なのに、挙句の果てに予想外のことが起こってしまった。

だから、期待してはいけないっていうのはこういうことなんだなぁって思った。期待しすぎてしまうと、その通りには絶対にならない。期待値が高いほど、苦しむことになる。だけど、僕は期待をしたいと思ってしまう。この葛藤がすごく大きいなぁって思うね。

僕の悩み史上、最も難しく難解な悩み事だと思う。それが「期待」について。期待してはいけないのはわかっているし、期待するとだめだしよくないっていうのはわかっている。だけど、期待を完全にしてはいけないっていうのもよくわからない。人間は期待したい生き物だし、期待があるからこそ希望もあるんじゃないかって思う。本当に期待って複雑だなぁって思うね。

灼熱のボロブドゥール登頂

ボロブドゥールの観光が始まった。本当に暑くて、上下長袖を着ていたので灼熱の暑さだった。気分が悪くなりそうなほどで、持ってきたポカリスウェットはすでに飲み干してしまっていた。写真撮影スポットに到着して、ガイドさんに写真を撮ってもらったんだけど、僕の表情は本当に疲れている感じで愕然としていた(笑)。

それからガイドさんの説明のもと、どんどんボロブドゥール寺院を登っていき、1F、2Fと順番に回っていった。

その時感じたのは、「やっぱりガイドツアーは自分には合わない」だった。なぜなら、早く回りたいし移動したいのに、できない。説明を聞かなければいけない。自由じゃない。〇〇分までと制限がある。本当にしんどかった。ガイドの説明よりも、ChatGPTの方が自分の聞きたいことをすぐに明確に教えてくれる。

こんなに便利なものはない。だから、ガイドさんが説明してくれている最中も、僕はあいかわらず別方向を見たり、写真を撮ったりしていた。

同じツアーに日本人のカップルがいて、おじさんの目線が気になった。「ガイドさんが話してくれているのに何をしているんだ」という感じの目。

何十年も日本にいて、日本の常識に染まった感覚で、海外でも他人の行動を判断してしまう。もう少し世界を広く見てもいいのにな、と思った。でも同時に、その視線に対して萎縮しそうになる自分も情けないと思った。

僕は負けない。絶対に、他人の目線によって萎縮したりしないし、したくない、させない。

最上階、ブッダと鐘楼の美しさ

最上階に到着した。仏教寺院ということで、たくさんのブッダがいろんな方向を向いて座っていて、石を彫って壁を作っていたり、仏壇を彫っていたりしている。その細かい彫刻がとっても美しかった。

当時の人はよく、ここまで作ったなと感激させられるばかり。最上階は、大きな鐘のような形のストゥーパが大量にあった。天皇陛下が訪れた場所でもある。

25分の自由時間があったので、上に登ったり下に降りたりした。途中で、何人もの人に「Could you take a picture of me please?」と話しかけた。いつもなら躊躇してしまうんだけど、絶対に撮ってほしいって思っていたので、たくさんの人に声をかけて写真を撮ってもらった。

やっぱり、安心できる状態じゃないと顔がどうしても緊張してしまう。昔のように心が全開に開くっていうのが、初対面で難しくなっている面もある気がする。でも、それはただ自分を守っているだけなんじゃないか?それではだめだって思った。だけど、たくさんの人に話しかけることができて、しっかりと目的は達成した。

だけど、せっかく来たのに写真を撮るスポットとしてしか考えていない自分に、なぜか虚しさを感じた。大事なのは感じることであり、写真を撮ることでもないし、インスタ映えでもない。でも、今の自分はきっと承認欲求が強いんだろうって思った。

アメリカ人おばちゃんの優しさ

ボロブドゥール寺院を降りてツアーは終わった。それからは周りを散歩して、また近くの人に写真を撮ってもらったりした。せっかくスマホの台があるから、ゴミ箱に固定して何枚も写真を撮影した。

ポージングがまだ定まっていなくて、本当にどうやってポージングをすればいいんだろうって悩んでしまうというか。なぜかそこは不器用だなって思う。直したいと思う。

そのままのほうがいいじゃないかって思うんだけど、でもやっぱり僕はモデルに憧れるし、美しいものが大好きだからこそ、僕も美しく写真を撮りたいしポージングを学びたいって思った。

そんなことをしていると、近くにいたおばちゃんが「撮ってあげようか?めちゃくちゃ大変みたいだから」って声をかけてくれて、僕のスマホでたくさん写真を撮ってくれた。彼女の英語は本当にアメリカンで、すごくフレンドリーで笑顔だった。すぐにアメリカ人だとわかった。このフレンドリーさはすごい。僕もすぐに打ち解けられる感じがした。心がぱぁっと開く感じ。やっぱり、最初の印象って大事だよね。

運転手さんとの距離

歩いて1周していると、タクシー運転手のことを忘れていたことに気づいた。連絡して「何時までに行けばいいの?」と聞いたら、「20分はOKだよ」って言われた。でも、それは20分前の話だった。

今から出口まで歩くと20分かかるので、30分くらいの遅刻になる感じだった。たくさん待たせて申し訳ないなとは思った。出口までは距離が結構あって、結局20分くらいかかった。

出口へ向かうと運転手さんが待っていて、一緒に帰ることになった。少しイライラしている様子を感じて、彼はすごく早足で向かっていた。「お土産屋さん見ていい?」って聞いたら「いいよ」ということで一緒に回った。

だけど、すべてクオリティは低そうだったし、聞いてすごく高かったのでやめておいた。最後にポカリだけ購入した。200円で高いなって思った。

途中でお土産を見つけて立ち止まったんだけど、運転手さんは速歩きで行ってしまった。「ちょっと待って!」と呼び止めると、彼はインドネシア語で少しきつい言葉を口にした。それから「ここは高いから別の場所の方がいいよ」と言ってきた。なんか嫌な感じだった。

一瞬で、僕の心は閉じてしまった。

ここが今日の注目どころなのかなって思う。なにかがあるとすぐに心を閉ざしてしまう。信頼関係がすごく大切で、一度でもなにか壊すようなことがあれば、二度と復活することはない。これが今の僕の状態だった。

おそらく、過度に孤独を恐れていたからこそ、出会った人たちと繋がっていたい。

深い関係しか興味がない。だからこそ、その人を大切にしたいからこそ、少しでも裏切られたら二度と回復しない。そんな感じなのだろうか?わからない。だけど、少なくともそう感じる。

でもこれは極端だし、あまり良いものではないと思う。人間ってそういう生き物だなって思えばいい。過度に期待しすぎなんだよって。少しは傷つくけど、まぁそういうこともあるよなって流せることも大切だなって思う。

そのためには、毎日いろんな人と出会って、たくさんコミュニケーションをとることが必要なのかもしれない。そうすれば、一人に執着しないでいられる。

だけど、一人に対しての思いが薄れてしまうのは、それはそれで悲しかったりもするね。

車窓から、家族のことを考えた

タクシードライバーと一緒に別の寺院へ向かっているとき、なぜか家族のことを考えていた。

僕が育った環境は、とても複雑だった。親戚の家に住まわせてもらっているのだから感謝しろ、そう言われて育ってきた。夜は唯一の心の拠り所であるお母さんが夜勤でいなくて、おばあちゃんしか家にいなかった。なのに、彼女は僕に安心を与えるどころか、勉強しろとすごく厳しくて、夜も一緒に寝てくれない日もあった。なにか悪いことをすると、すぐに叩かれて馬乗りにされたこともあった。

幼稚園のとき、マラソン大会で思うような結果を取れなかったら、馬乗りにして叩かれた。その恐怖のせいか、翌年のマラソン大会も結果が出なくて、他の子のカードをすり替えてしまい、先生に怒られたことがあった。子どもなりの、必死の抵抗だったんだと思う。

小学校のとき、なにかとトラブルがあって、親戚がお母さんと僕に「いつでも出ていっていいんだよ」と言ってきた。お金がないことをわかっていて、そうやって言ってくる。これは精神的な暴力だった。頼れる場所がない。心の拠り所でもあるお母さんがつらい思いをしている。そんな姿を見て育った。

おじさんには、何度も理不尽に殴られ、蹴られた。何も悪いことをしていないのに、勝手に解釈されて、一方的な言葉だけを信じて。きっと周りの大人たちもストレスがあったのは間違いないだろう。それは今になればわかる。

だけど、当時の僕、特にアイデンティティを確立している時期に受けた暴力は、本当に人生に影響を与えた。もちろん良くない方に。

安心できるはずの家族が、安心できる場所ではなかった。25歳になった今でも、あの頃の足音が聞こえると殴られるんじゃないかと恐怖で神経がビクビクする。

トラウマはそう簡単に消えるものではない。声を聞くだけで脳裏に恐怖が走る。頭では大丈夫とわかっていても、神経はそれを忘れられない。神経は過去も現在も同じだから。

追いかけられたとき、僕はトイレに逃げ込んで鍵をかけていた。唯一、トイレが心の拠り所だった。

2012年、小学6年生の時に書いていたノートには、こう書いてあった。「はやく家を出たい。こんなところに住みたくない。大人になったら絶対に自由になってやる。家を出てやる。」

これが、今の世界一周を後押ししているのかもしれない。自分なりの抵抗であり、自分なりの安全地帯を探す旅。子どもの頃に、心から安心できる場所がなく育ったからこそ、こうして世界を回っているのかもしれない。

父とは一度も会ったことがない。頭ではいろいろ理解しているつもりでも、無意識のどこかで「必要とされなかった存在」だと感じてしまう。

そうじゃないとわかっていても、そう感じてしまう。これは頭ではなく、神経に刻まれたものなのかもしれない。

悲しい気持ちになっていた。だけど、そんなことをいつまでも考えて、自分が可哀想な人間だなんて思うのは、ただの甘えでしかない。「誰か僕をわかってほしい」って嘆いている虚しい人間にはなりたくないって思った。

ヒンドゥー教寺院と、鹿の悲しさ

別の寺院に到着してからは、運転手さんがまたチケットの手配をしてくれて無事に入場。彼は車で待っているから17時くらいには来てねとのこと。

今度は彼を待たせないために、神経を尖らせて17時にしっかり到着するようにした。そう、これが嫌なんだよ。僕は感受性が高いから、こうやってしっかりとしようとする。だけど、疲れる。だから自由がいい。いちいち他人のことを考えなくていいからね。すごく疲れるんだよ。

でも、こういう自分を作ったのも育った環境の影響が大きい。人のせいにしてはいけないっていうのはあるけど、子どものような、大人がいないと生きていけない、無防備な時期に受けたものを「自分のせい」なんて思えるわけがない。

人の目を気にするようになったのは、きっと大人たちの機嫌をとってきたせいだと思う。殴られないように、怒らせないようにするためにね。大変だったよ。本当に疲れるものだった。二度と過去には戻りたくない。

一人で独立して、強く生きていきたい。そして、素敵なパートナーと一緒に生きていきたいね。

寺院を歩きながら景色を楽しんでいた。自然がとても多くて、不思議な気持ちになった。子どもたちや学校の見学グループも多くて、写真を撮っても後ろに人がいて台無しだなって思ったりしたけど、とにかく近くにいる人を捕まえて写真をたくさん撮ってもらった。

ヒンドゥー教寺院なので、仏教とはまた違った建築で面白かった。写真を撮ってもらったアジア人のおばちゃんがとても感じが良くて、「カメラ向いて!」とか「笑って!」とか声をかけてくれた。だから僕も自然と笑うことができた。写真を撮ってくれる人が安心できるかどうかで、自分の表情も全然違うなって思った。

寺院を出ると鹿がいたので、葉っぱをあげたりしていた。1日中、そして365日、死ぬまでずっとあの小さな区画に入れられて人生を終えるなんて、なんて悲しい人生なんだろうって思ってしまう。

それに、いつもなにかを食べていたいって思うほどに、檻の外にある葉っぱをべろで一生懸命とろうとしていた。そんな姿を見て、本当に胸が痛くなったね。

お土産屋さんの洗礼

出口を出ると、お土産屋さんが大量にあった。買ってほしいのか、おばちゃんたちは必死に声をかけてくる。心の隙を与えずに、「バッグいくらだよ」とか「ポーチどう?」とか次から次へと叫んでくる。正直、ちょっと疲れてしまう。

いざポーチを買おうかなと思って値段を聞いてみると、最初に高い値段を言ってくる。「いくら?」って聞いてから2秒くらい経ってから答えるんだよね。それが実際の値段ではないっていうことがすぐにわかってしまう。

その時点で僕はもう買う気がなくなる。去ろうとすると、「じゃあいくらだったらいいの!」って叫ばれたりする。それが何度も何度も。ほぼすべてのお店で。こちらが10,000でどう?って聞くと、20,000は?ってちょっとでも多くもらおうとする。

もちろん、生きるのに必死だからそうなるのはわかる。外国人は高くても買ってくれるだろうって思うのは当然のことだと思う。だけど、じゃあいいやって歩いていくと、「じゃあ10,000でいいよ!」って。

だけど、もう遅い。僕は買い物は感情で動くタイプだから、最初に誠実じゃないと感じてしまうと、どれだけ値下げされても買えない。そういう意地がある。

でも、これは心が狭いのかもしれないって思ったりもする。そんな小さいこと気にしなくていいんじゃないかってね。だけど、甘く見られるのがすごく嫌なんだ。

結局、ジョグジャで有名なまんじゅうみたいなものが100円だったので、それだけ購入した。そこにいるおばさんはすごく静かな人で、押し売りもあまりしてこなかったから、買うことにした。

内向的な人はやっぱり、押されると離れたくなる。それは本当だなぁって思った。

でも、僕は内向的であると同時に外交的でもある。勇気を持って話しかけるということは持っている。最終的には無視されるとわかっていても行くメンタル。これは本当に大切だなって思った。

帰路、閉じた心

外へ出て少し待っていると、運転手さんが来てくれた。帰るかっていうことになった。ホステルに送っていくよということで。

僕のiPhoneは残り8%になっていたので、モバイルバッテリーを取り出そうと思ったんだけど、どうやらホステルに忘れてしまっていた。だから音楽を聞くこともままならなかった。

景色を見ながらいろんなことを考えていた。多くは家族のこと。今の僕を形成したのは、間違いなく家族の影響が本当に大きいなぁって思った。

そんなことを考えながら無事にホステルに到着。タクシー運転手さんには「Have a good day」って一言言って降りた。彼は気づいているのか、おそらく気づいていないと思うんだけど、僕の心の閉じ方は朝とは別人だった。最初の朝は、心を全開にして彼にたくさんお話をして、彼の昔話だったりいろんなことを聞いたりして楽しんでいた。

だけど、彼がきつい言葉を口にしたとわかった瞬間、僕はもうなにも話す気になれなかった。そして、彼のマニュアルのような働き方、仕事とプライベートを分けているような感じで、感情というものが本当にないように思った。

もちろん、毎日同じところへ行き、同じようなルートを運転しているからそうなるのは当然だと思う。だけど、僕を一人の人間として大切に扱っているようには思えなかった。その微妙な温度差を、僕は敏感に受け取ってしまう。

夜、思いがけない出会い

ホステルで休憩してから、ジャズが好きだという現地の友達と会う約束をしていた。本当は昨日会う予定だったんだけど、彼女はすごく疲れていて「金曜日でもいい?」って聞いてきたので、今日が最終日だよって伝えたら「じゃあ今日会おう」ということになった。

正直、僕もすごく疲れていてキャンセルしようかなと思ったくらいだった。「Don't push too much on yourself」って遠回しに「無理しなくていいよ」って伝えたんだけど、彼女は「It's ok」という感じだったので、しょうがなく行くことにした。

ジャズかわからないけど、演奏が行われているところの近くのレストランで待ち合わせることにした。

最初は19時30分に集合ねっていうことになったんだけど、彼女は遅れるということで先に食べていてということになった。僕はすごくお腹が空いていたので、先にレストランに行って食べることにした。

レストランはすごくお客さんがいた。バイクで到着した瞬間に、いろんな人に見られてなんか恥ずかしかったというか。なんでそんなにじっと見るんだろうって思うくらいにね。いい感じのレストランだったから、少し緊張していた。それに、彼女と初対面っていうことだったから、これもすごく緊張していた。

彼女とは、ジャズが好きなんだね。じゃあ会おう。それだけしかお話をしていなかったので、本当になにも知らない。

まず到着してナシゴレンを注文した。彼女を待とうって思ったんだけど、さすがにお腹が空きすぎていたので。ナシゴレンは65Kで少し高かった。思っていたよりも高い。味はというとなんか普通だった。というか、普通に屋台のナシゴレンの方がよっぽど美味しかった。

ナシゴレンを食べているときに彼女が来るとちょっと恥ずかしいなぁって思っていたり、最初にどうやって挨拶しようとか、そういうのを頭で想像していた。でも、想像しているときに限ってうまくいかなかったりする。

それに、その通りに行くことはない。想像している時点で、緊張しているってことがバレバレだったりする。だから、俯瞰して見ているもう一人の僕は笑っていた。「こうた、緊張しているんだね」っていう感じにね。

ナシゴレンは食べ終えた。すべて食べてしまった。彼女はまだ来ないので、どれくらいかかるんだろうって。本当は20時くらいに到着するっていうことで、あと10分で着くってチャットでは言っているのに、ぜんぜん来ない。

30分くらい経過して、もう帰ろうかなって思ってしまった。正直、腹が立っていた。もう少しで帰るところだった。以前ベトナムで友達と会ったときも同じような経験があった。あのときも長い時間待たされた。

現れた彼女に、心が動いた

そうしたら彼女が現れた。すごくびっくりした。彼女はすごく笑顔で穏やかだった。「遅れてごめんね〜」っていう感じ。すごく洗練されていて、なにかいろいろ勉強しているし、わかっているなぁっていう雰囲気だった。コミュニケーションもすごく上手で、相手を立てることを知っているというか。なにか本当にカリスマ的なオーラを感じた。

遅れたのは、化粧をしたり着替えたりしていたからだった。だから、僕はありがとうって言った。ベトナムの友達もそうだった。あのときも遅れたのは、わざわざ家に帰ってシャワーを浴びて化粧をして…という理由だった。

わざわざそこに時間をかけてくれるということは、この時間を大切に思ってくれている証拠。本当にありがたかった。

彼女とはいろんなお話をして、話が止まらなかった。最初は緊張していたんだけど、だんだんと緊張はとけていった。彼女も深い意味のある話が好きなのか、どんどん深いお話に入っていった。

大学で学んでいることだったり、大学の友達についてだったり。実家のことも教えてくれた。日本にルーツがある人で、日本の文化にすごく興味を持っていた。

彼女はすごく自信家で、「ジョグジャは楽しい?私のおかげで?」とか、「次はいつ帰って来るの?」とか聞いてくる。僕は回答に困ってしまう。冗談でも、そういうことは真剣になってしまうというか、ジョークで言いたくないって思っているからね。

だけど、本当にユーモアというか、魅惑的な人だなぁって思った。

彼女は伝統的な価値観や慣習に縛られず、自分がしたいと思っていることをしたいという考え方を持っていた。古い考え方に人生を左右されないっていうその姿勢は、すごく先進的だなと思ったし、僕は共感した。

彼女のしぐさだったり、お話の聞き方、喋り方はとてもカリスマ的な感じだった。MBTIの話もした。彼女はなんだろうって思って、「ENTJ?」って聞くと、やっぱりそうだった。

実は僕もそうなんだよって言ったら、すごく驚いていた。僕たちは同じENTJ。さすが、やっぱり似た者同士が引き合うんだなぁって思った。これは、すごく嬉しいというか、面白いなぁっていうか。そう感じた。

深い話と、彼女の涙

それからは、彼女の家族の問題もお話してくれた。どうやら、お姉さんとの関係にすごく悩んでいたらしい。不安障害になってしまったこともあって、薬を飲んだりしていたんだとか。

だから、僕はすごく彼女に共感した。「本当に辛かったんだね」って伝えたら、彼女は少し涙目になっていた。ENTJだから感情はあまりないのかなって思っていたけど、意外と感情もあるんだなぁってちょっと面白い発見だった。

そんなこんなで、時間になったので近くの音楽が聴けるスポットへ行くことにした。彼女は夜ご飯を食べると言っていたのに、「大学で食べたから大丈夫」ということでコーラだけ注文していた。

おそらく、自分だけ夜ご飯を食べるのがちょっと気が引けたんだろうなってすぐにわかった。そういう察するのは得意なので、彼女なりの気遣いだなって感じた。でも、それも彼女なりの美しさなんだろうなぁって思った。

近くのスポットに歩いて行くと、すでに演奏が始まっていて、いろんな海外の曲を演奏していた。ジャズっていうわけではなくて、本当にアクティブなコンサートみたいな感じだった。

席はほとんどうまっていて、奥で飲み物を注文して席についてっていう感じ。音楽を聴くとか見るとかよりは、その演奏があるからこそいい雰囲気になって、その雰囲気を楽しむっていう場所なのかな。

「アルコールは飲む?」って聞いたんだけど、彼女は明日も大学が朝からあるのでっていうことで、コンブチャを注文することにした。彼女はコンブチャを飲んだことがないらしくて。僕も最初はカクテルを飲もうかなって思っていたんだけど、それをやめてコンブチャを飲むことにした。

席に並んで座って一緒に飲む。演奏はOasisだったりHomeだったり、知っている曲ばかりですごくウキウキだった。彼女はイタリアが好きでイタリア語も少し話せるとか。コンブチャは初めてなんだけど好きじゃないって言っていた(笑)。

彼女はモデルもやっているらしくて、だから背が高いんだなって思った。169cmあって、すごいなぁって。モデルを始めたのは3年前くらいで、友達がキャスティングに行ってみなよって誘ったのがきっかけらしい。それで友達と一緒にキャスティングへ行ったら、友達ではなくて彼女の方が注目されて、結局彼女が採用されてしまったんだとか。

やっぱり、そういうオーラがあるんだなぁって思った。確かに、彼女は特有のオーラを持っている。カリスマの匂いというかね。だから圧倒されるんだろうなぁ。

それに、彼女はたくさんの人に嫉妬されているみたいで、なんで大学で英語を使うの〜とか言われているらしい。「だけど、それは本当に友達なの?」って聞いたりね。そんなことをお話していた。

将来は自分もビジネスをやりたいとか、家族に会うために東京に行きたいとか、いろんな夢を語ってくれた。まだ若いのにすごいなぁって思った。

僕がその年齢の時は、英語も全く話せなくて、ロシア語にはまって勉強していた頃だった。その時に彼女はもう将来の夢があって、英語が話せて。僕よりもよっぽどすごいなぁって感じた。

どうやら僕にはEmotional Intelligenceがあるらしくて、すごくそれを褒めてくれた。

彼女の悩みも僕に打ち明けてくれて、それをいろいろとお話していたら彼女はまた涙目になっていた。やっぱり、人それぞれ悩みがあるんだなぁって思った。そんな悩みを僕に打ち明けてくれて、すごく嬉しかった。

夜12時、「明日もいない?」

時間はあっという間に経ってしまって夜12時になった。彼女は明日もクラスが7時〜8時にあるらしくて、朝は5時に起きるんだとか。メイクに2時間かかるらしい。ちょっとそれはすごいなって思ったけど、さすがモデルっていうのもあって納得だった。

でも彼女を見ていると、彼女なりの弱さも出ていて、普段は強がっているというか、そういうものを表に出しているんだなぁってね。すごく大変だなぁって思った。だけど、同時に弱さというか、そういう脆さ・儚さも感じて、とても人間らしい人だなぁって思った。

そんなこんなで、僕たちはタクシーを呼んでそれぞれ帰宅した。同じタイミングでバイクが到着したので、それも面白かった。

本当は今日がジョグジャ最終日の予定だったんだけど、彼女は「ねえ、明日はもういないの?延長できないの?」って言ってきて。その押しもすごいなぁって思った。

実は次の目的地のツアーがうまく取れていない状態でノープランだった。ホステルも、飛行機や電車もなにも予約していない。だから、せっかくだし1日延長しようかなっていうことになった。

明日の夜はイタリアンに行こう!っていうことになった。それに、お互いピアノを弾くっていうことも知って、一緒にエルビス・プレスリーの「Can't Help Falling in Love」を弾くことにした。お互いに、「すごく楽しみだね!」って。

今日という日が教えてくれたこと

彼女と出会えて、本当に嬉しかったし、Unexpectedだった。最初は、すごい長い時間を待たされたことにイライラしていたんだけど、そんなものは一瞬で吹き飛んでしまった。彼女がそうさせた。

明日の夜はすごく楽しみ!やっぱり、同じ考え方を持った人、考えが似た人、そういう人は引き合うんだなぁって思った。これは、すごく面白い体験だった。

彼女といるとなぜか自信がみなぎるというか、「しっかりしなきゃ」というプレッシャーではなくて、彼女が隣にいると僕は価値のある人間なのだと思えるような感覚がある。

それは一種の依存なのか?僕はまだそこは解明できていないんだけど、やっぱり隣にいる人によって自分の人生は変わることは間違いない。

過去に、ネガティブなエネルギーを持った人と一緒にいて、自分も暗くなってしまった経験がある。影響されて自信もなくなってしまっていた。

だからこそ、ポジティブなエネルギーを持った人と過ごす時間がどれだけ大切かを実感している。ENTJというか、内向的な人よりも外交的なエネルギーを持った人の方が自分には合うのかもしれない。

でも同時に、外側はカリスマ的でもプライベートではどうなんだろう?って心配になったりもする。それに、好きなブランドを聞いたらCHANELって。なんと僕と全く同じだった。これも驚きだった。パリの話をしたら、「連れてってよ〜」って言ってきたりね。

そんなこんなで、今日はおしまい!楽しかった。

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● Profile

Kota Ishihara

Diplômé du département des sciences de la vie de l’université Kinki. Après ses études, il a appris la création de sites web en autodidacte et est devenu freelance en octobre 2022. Depuis, il voyage à travers l’Europe et l’Asie du Sud‑Est, à la rencontre de cultures et de personnes. Son rêve est de s’installer en Europe, de créer une entreprise créative et internationale, et de parcourir le monde en tant que pilote. Passionné de musique et de mode. Très exigeant sur les écouteurs. Il admire Taro Okamoto.

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