~Un voyage guidé par le cœur~
フライトが消えた夜、貧乏旅人がトビリシに辿り着くまで

フライトが消えた夜、貧乏旅人がトビリシに辿り着くまで

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アテネ空港でフライトが消えた。322ユーロを払って翌朝便に変更し、24時間かけてようやくトビリシに辿り着いた話。

夜の11時、アテネ国際空港の電光掲示板を見上げた。

3時50分発、イスタンブール行き。自分のフライトがどこにもない。

嘘だろ。

シンガポールの深夜、手羽先とシンガポールドル

時間は12時を過ぎていた。お腹が空いたので、チャンギ空港のファストフード店でチキンを注文した。久しぶりの対面での注文。すごく緊張した。相手はインド人で、発音が難しくて何を言っているのか聞き取りづらい。

注文したのは手羽先とライス。これで1,000円くらい。高い。本当に高すぎる。まあ、空港だから仕方ないのか。

空港価格。

あらためて思う。なんでシンガポールなのにドル表記なんだろう。まるでトルクメニスタンみたいだ。案の定、通貨アプリを見たら「シンガポールドル」というものが別に存在していた。1ドル約90円。アメリカドルとは全然違う。

驚いた。じゃあそこまで高くない。とはいえ、手羽先とごはんで1,000円。量の割には高い。

それを食べながら、シンガポールを感じていた。チャンギ空港はめちゃくちゃ大きいけれど、そこまで難しくない。次来る時はどこになにがあるかもうマップが頭の中に完成しているから、本当に楽だと思う。

近くのテーブルにドイツ人っぽい人たちが座って食事していた。夫婦と、2歳くらいの子供。こんな時間に食べちゃダメだなぁと感じつつも、やっぱり一日に一食は食べないと健康に悪いし、なにより食べたかった。びっくりしたのは、食べた時に歯が痛かったこと。一日なにも食べないだけで、歯ってこんなに弱るのか。

そのドイツ人の家族の子供が泣き出した。お母さんはゆらしたり、おもちゃを与えたりして泣き止ませようとしていた。でも夫はなにもせず、ひたすらごはんを食べている。

ああ、かわいそうだなって思った。この子は将来、どんなふうになっちゃうんだろうって勝手に想像してしまう。

よくよく考えると、泣き止ませるために必死にかわいがってくれる家族って、そういない。自分は幸せな家族に生まれたんだなって思った。こうやって見ると、子供ってかわいい。

全財産。

レアとの初めての電話、チャンギ空港ターミナル1

お腹がいっぱいになって、あとはフライトを待つだけ。だけどそのフライトが夜中の3時になって、30分遅れることになった。なにもすることがなく、ひたすら椅子に座って時間を潰す。脳が働かない。なにもやる気が起きない。

そこで、レアに電話することにした。

レアはフランス人の友達で、今年の5月くらいに、フランス語の勉強を始めて間もない頃にTandemというアプリで出会った子。最近は頻繁にボイスメッセージでやりとりしていて、レアが電話したいと言ってきたので、いつかしようか、ジョージアに行ったらしようと話していた。だけど、もう暇すぎて退屈だったので「今しよう!」って連絡した。

そしたら、ちょうどレアも30分後に夜ごはんらしい。いまがちょうどいい時間。

でも、すごく恥ずかしかった。電話するのは久しぶりだし、レアとは初めてのライブコミュニケーション。だけど、それと同時にすごく楽しいって感じた。やっぱり、人って大切だなって身にしみる。こうやって、なんでもないたわいもない話をできる人が本当に大切だ。

ベンチで電話しようと思ったけど、隣に人がいた。英語もわかるだろうし、初めての電話で恥ずかしがっている自分を見られたら恥ずかしい。まだ日本人の考え方が、日本を出てから一日も経っていないので消えていない。だから、10キロの重たいバックを背負って、歩きながら電話することにした。

何を話したかあまりはっきり覚えていないけど、レアのおかげでフランス語が話せるようになったから本当にありがとうって、フランス語で伝えた。

そういえば、フランス語でライブで話したのは、それが初めてだった。フランス語を使ってフランス人とリアルタイムで話した初めての場所が、シンガポール・チャンギ空港のターミナル1の売店の近く。面白すぎる。

レアとは20分くらい話して、そろそろ出発だからということで、ばいばいした。学校の話とか、今日なにやってた?とか、そんな話。レアが日本語を学んでいるから日本語で話そうとしたけど、理解していないようだったので英語に切り替えた。電話でネイティブのように話すのは、やっぱり難しい。でもレアは喜んでいたので、よかった。

11時間のフライト、そしてアテネへ

11時間のフライトで水がないとやっていけない。水を買うことにした。古い水がもう少しで終わりなので、新しい水。だけど、それが3ドルくらいして、めちゃくちゃ高い。まあ仕方ない。

2時30分になって荷物チェック。トランスファーなのに再び荷物検査をしないといけない。セキュリティが本当に厳しい。

検査場のスタッフはシンガポール人だと思うけど、日本語で「みず。だめ」って言ってきた。ちょっと笑った。「はい」って返した。それでぱっと捨てられた。あたりまえのように「おけい」ってかっこよく言ったけど、けっこう傷ついていた。さっきそのために買った新品の水(350円くらい)が、それで捨てられちゃった。まさか、そこで捨てられるとは思ってもいなかった。

じゃあ、みんな水どうするの?

その先に給水所があった。みんなあたりまえのように自分のマイボトルを持って、水を注いでいた。時代遅れだなって感じた。僕はボトルを捨てられちゃってないから、給水所でがぶ飲みした。恥ずかしい。

11時間の空。

座席は37A。早めに入ったおかげで大きなバックも収納できた。もし早めに入っていなかったら、やばいことになっていた。みんな手荷物が多すぎてパンパン。「壊れやすいものがあるから押すなよ」とか、「これ誰の?動かしていい?」とか。内向的な人は人に頼れずにただ呆然としていた。クルーはその時いなかった。早めに入ってよかった。

隣はギリシャ人の、僕と同じくらいの年齢の女性2人。なんか強い。本当に。普通にアームレストに腕を乗せてきて、押してくる。圧倒された。ヨーロッパの人は強い。特にギリシャの人は主張も強いし、行動も強い。ああ僕ダサいなって思った。だからこそ、ああいう人に惚れるんだよな。きちんと自分を通す人は本当に魅力的だ。

2人がアイマスクをしてすぐに寝たので、僕も便乗してアイマスクをした。11時間を同じ席で過ごすと、どうしても親近感が湧く。

離陸してすぐに眠くなった。というか、もう既に限界だった。すぐに寝てしまって、起きたのは5時間後。足がすごく痛くて、おそらく寝方を間違えたんだと思う。でも無事に5時間寝られた。それからまた眠くなって、また4時間。11時間のフライトで9時間寝た。大発見。いままで飛行機で一度も寝られた経験がなかったのに、本当に疲れていたら寝られるんだ。

ギリシャの空。

空港に到着。入国審査に40分並んだ。10キロのかばんを持って歩くのは信じられないほどしんどい。

入国審査は、ロシアのような厳しさを想像していたけど、全然違った。本当にオープン。みんな笑顔で、こんにちは!って言ってくる。ギリシャっていいなって思った。なにを聞かれるんだろうとか、ビザなくてチケットのことを聞かれるのかなとか、そんなことを思っていたけど、全くなにも聞かれなかった。

スタンプを押してもらい、ついにギリシャに入国。シェンゲン協定国だから、EUの国はビザなしで3ヶ月滞在できる。僕はEUにいる。すごい。

パルテノン神殿に行こうかと思ったけど、SIMカードを買わないといけない。EU圏内用のSIMはジョージアでは使えないから、3,000円が無駄になってしまう。今回は諦めて、次の機会にゆっくり来よう。

近くの売店に行った。ギリシャのVOGUEがあったり、いろんな雑誌が並んでいて、本当に魅力的だった。ギリシャのVOGUEを見たのは初めてで、めちゃくちゃかっこいい。新聞でも買おうかなと思ったけど、そもそも荷物がいっぱいで、いまから8キロに減らさないといけない。諦めた。

学んだこと。今度から旅するときは8キロ以内に収める。これ必須。Scootは10キロ以内だけど、Turkish Airlinesは8キロ以内。2キロ分をジャンパーに詰め込む必要がある。けっこう大変だと思うけど、やるしかない。

アテネのバーガーキング、紙の王冠と自由なギリシャ人

バーガーキングを見つけた。昨日は高いなと思ってやめたけど、今日はついに行くことにした。すべてギリシャ語での注文。英語も使えなかったけど、まあなんとかなるだろうと適当に注文した。11ユーロ(≒1,600JPY)。まあまあ。しかたない。こんなもんだ。というか、11ユーロを安いと思わなきゃ。

11ユーロ。

受け取って食べたら、ペプシが1リットルもある。ポテトも日本のLサイズの倍以上の量。そりゃ11ユーロしていいし、ちょっと量が多すぎる。これはギリシャの性質なのか。

溢れている。

ここで5時間くらい滞在した。日記を書いたり、友達にボイスメッセージで返信したり。

臨時オフィス。

ギリシャ人がけっこう多い。特徴は、声が大きい、自由、ノリがいい。バーガーキングに紙の王冠がたくさん置いてあって、高校生も大学生も、おじいちゃんも30代の人も、みんなかぶって食べている。

日本人だったら「子供っぽいからやらない」ってなりそうなのに。もったいない。日本もこんなふうに子供っぽくなれば、もっと開けるのに。

ギリシャはすごく興味深い。特にギリシャ人が。いままで関わったことがない人たちだからこそ、本当に興味をそそられる。ジョージアを出たあと、ラトビア、フランス、セルビア。その次くらいにギリシャに来たい。だけど夏のほうがいいかも。一旦日本に帰ってきて、それから来ようかな。

今日のフライトは夜中の3時。日本は朝の9時。さて、それまで耐えよう。

そんなこんなでずっとバーガーキングで待っていた。日記を投稿できるプラットフォームを作りたいと思って、そのコーディングをしたり。だけど、そろそろ店員さんに怒られないか不安だったから場所を変えることにした。

3時出発のフライトに乗り遅れないよう、ターミナルを確認しに行った。荷物の重さを測るのに1ユーロ取るマシンがあった。重さにはとてつもなく厳しいぞっていうメッセージだ。

仕方なく2,000円をユーロに両替した。1ユーロ144円のはずなのに、両替所では169円。やばい。3ユーロ分のコインをもらった。チャンスは3回。8キロ以内に収めたい。

食べる場所を変えて、ギリシャっぽいサンドを買った。その店員さんが日本語で「ありがとうございます」って言ってきた。びっくりしたし、嬉しかった。ありがとう。

そこの近くで作業したり案件をやったり。だけど頭がもう動かない。クタクタだ。

フライト、消滅

そして夜の11時。電光掲示板を見た。

3時50分発のイスタンブール行きのフライトが、ない。

探した。何度も。ない。

やばい。冷や汗をかいた。

急いでTurkish Airlinesの受付のおじさんに聞いた。「この日程が電光掲示板に載っていないんだけど、なんで?」

「そんなの、キャンセルだよ!その飛行機は9月にもうキャンセルになってるよ!」

まじか。

人通りが少なくなったアテネ国際空港をうろうろした。動揺が止まらない。まじでキャンセル?なんでキャンセルになるの?本当に意味がわからない。

Wi-Fiでママに連絡しようとした。ロシアの影響なのか。ここからトビリシへの便はないのか。そんな不安を払拭してくれるはずのインターネットが、使えない。Wi-Fiを使いすぎて利用制限がかかってしまったらしい。パソコンもつながらない。

もう終わった。

一番早い解決策は、現地のSIMカードを買って通信手段を手に入れ、ホテルを予約してアテネで休む。そしてフライトを予約して日本に帰る。出直しプラン。本当に窮地だ。

だけど、それは僕にとって快感でしかなかった。

あああ、生きているぞ。

一人。インターネットも使えず、チケットを買う十分なお金もないだろうと頭をよぎる中、とにかく水を買った。1.2ユーロ。

1階にSIMカードを売っている場所があったはずだ。行ってみた。店員はいたけど、ゲートが閉まっていた。

「ちょうど今閉めたところ。ごめんね」

明日は何時に開くの?

「朝の6時」

しょんぼりした。

ああ、僕は難民みたいだ。難民ってこんな気持ちなんだって、その気持ちになることができた。本当につらい。ベンチで寝るしかないのか。ギリシャの空港で。なんて面白い人生なんだ。20年後、アテネ空港は思い出の地になるだろう。すでに思い出の地だけど。

でも、ふと思いついた。インターネットも使えない。フライトも中止。じゃあ、あと何ができる?

コミュニケーションだ。人に聞くしかない。

インフォメーションセンターに行った。Wi-Fiが繋がらないと焦って説明しても、相手も「ごめん、わからない」と言う。「あそこにインターネットがあるから調べて」と言われた。後ろのフリーパソコンで調べようとした。だけどその気力もない。頭が動かない。どうしていいかわからない。

もう一度カウンターに戻った。

「そういえば、このフライトがキャンセルされたかどうか調べてくれない?」

おばさんが調べてくれた。やはりそのフライト番号は存在しない。キャンセル確定。

「一番早い便でイスタンブールに行く方法を調べてほしい」

明日の朝8時にあるらしい。フライト番号を書いてもらい、上の階で買ってと言われた。

だけど、どこで買えばいいかわからない。また2階のインフォメーションセンターに行って聞いた。よくわからないギリシャなまりの英語で「Gなんとかかんとか」と言われ、まっすぐ行って左。もうわからないけど、とりあえずそのとおりにした。

見当たるものがなくて、ひとつだけ青色のカウンターがあった。そこに行って紙を見せた。運がいいことに、おばさんが僕の話をうなずいて聞いてくれた。本当に優しかった。

イスタンブールに行く方法を調べてもらった。そして、思い切って聞いた。

「実はトビリシに行きたいんです。最短でトビリシに行く方法はないですか?」

「あるよ。今日」

まじか。

値段はいくら?

322ユーロ。約48,000円。

やばすぎる。日本からトビリシまで58,000円で買ったのに、アテネからトビリシまで48,000円。でも仕方なかった。買うしかない。クレジットカードとパスポートを渡して登録してもらった。

一息ついた。本当に。

お金は貧乏すぎてない。でも、とりあえず命はある。このままSIMカードを買ってギリシャに滞在して、次の日本行きのフライトまでにお金が尽きるシナリオだってあったわけだ。クレジットカードは月20万円までしか使えない。今14万円使っている。手持ちの現金は2万円。

でもな。僕はいくら貧乏でも、すぐに行動したかった。だから、もういいんだ。

荷物制限は8キロ。10キロのバッグから8キロに減らすために、ありとあらゆるものをコートの中に入れた。まるで手榴弾を全身に装備したキャラクターみたいだ。一旦フライトのキャンセルを知って諦めてバッグに戻したものを、また全部取り出して身につけ直す。二度目の装備。

チェックインカウンターへ。帰りの便は?と聞かれたので、ラトビア行きを予約してあると答えた。荷物を測ったら8.2キロ。オーバーしてるけど、何も言われなかった。よかった。まあ、ずるしてるんだけど。

出国審査。審査官が携帯のゲームをしながら「ハロー!!」「おお、ジャパン!こんにちは!」って言ってきた。なんて自由な出国審査官なんだ。パスポートを返すとき「ありがとう」って言ってくれたので、僕もありがとうって返した。

直前の2時間で唯一、気分がよくなった瞬間だった。やれやれ。

322ユーロの命綱。ATH→TBS。

やっと通り抜けて、いまからトビリシへ。本当に生きていてよかったと思えるほどの、人生で最大レベルの危機だった。お金があればぱっとホテルを予約して泊まれるのに、僕は貧乏だから、そんなことができない。

でもね、言わせてもらうと、人間的になるほど、人生は面白いんだ。すべてお金で楽できて、先のプランがわかっていたら、燃えるものがない。だから今回の経験は最高だった。いままでおどおどしていたコミュニケーションも、一気にはっちゃけた。もうなんでもできる。

48,000円で命を繋いだ。そう考えると、安いもんだ。

安いチケットを買ったら逆に損することがあることも学べた。来月はキツキツだけど、ジョージアの平均月収は3万円。逆に僕はジョージア人の生活を体験できる。そう思うとワクワクする。そっちのほうが、むしろ人間らしくていい。

しかも、当日に航空チケットを買うのは初めて。当日あの場所に行きたい!ってすぐに買えるなんて。いつか、そういう生き方ができるようになりたい。

トビリシへ、ついに

Aegean Airlinesに乗った。トビリシへの直行便だから、ジョージア人がたくさんいた。

紺色のカップ。

温かいパンが出てきた。ギリシャの食べ物。すごく美味しかった。

ほっとする温かさ。

真ん中の席であまり寝られなかったけど、3時間でジョージアに到着した。トルコ上空を通過してトビリシへ。

到着してからがまた大変だった。大行列。今の時期、ロシア人の入国が毎日あるからか、とにかくジョージアに入国するロシア人が多すぎる。約40分。まるでアトラクションの列だった。

ようやく入国できた。僕は他の人と比べて人種が違うからか、なにも聞かれなかった。でも中には、警察に事情聴取されたり、入国を拒否されている人もいた。かわいそうだ。みんな同じ人間なのに。

SIMカードを購入。17ラリ(≒800JPY)で1ヶ月分。日本円をラリに替えようとしたけど、5,000円で25ラリしかもらえないレート。やめた。

タクシーで宿まで。40ラリ。高い。

到着してからも大変。渡された紙を頼りに、真っ暗な中、小さな庭みたいなところを何度も出入りして、ようやく宿を見つけた。本当に怖かった。でも、普通ではできない体験だ。スーパーも近いし、まあいい感じ。

そんなこんなで、僕はやっとトビリシの宿に到着した。

ここまですごく長かった。8ヶ月、9ヶ月。だけど僕はついに、海外で暮らすという夢を叶えたのだった。

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● Profile

Kota Ishihara

Diplômé du département des sciences de la vie de la faculté des sciences et de l’ingénierie de l’université Kindai. Après ses études, il a appris la création web en autodidacte et a commencé son activité de freelance en 2022. Aujourd’hui, il fait le tour du monde tout en travaillant comme ingénieur web, et continue de partager sur son blog, YouTube et les réseaux sociaux autour du thème : « Vivre comme on voyage. Travailler avec émotion. Se connecter par le cœur. » Plutôt que d’enchaîner les sites touristiques, il privilégie « respirer l’air du pays et y séjourner comme si l’on y vivait ». Son rêve est d’installer sa base en Europe, de créer une équipe créative et multinationale, et de lancer des projets transfrontaliers. Et de devenir pilote en tenant lui-même le manche. La musique et la mode sont l’infrastructure de sa vie. Il est très exigeant sur les écouteurs. La personne qu’il respecte est Taro Okamoto.

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